78.戦争と言う名の

文字数 4,401文字

 ソビエト連邦。
 崩壊しつつもその原型をとどめようと、連邦を離脱しようとする周辺国に様々な作戦や工作が実施されたいた当時。
 その後、1991年12月、旧ソビエトはロシア連邦の建国を宣言する。
 一方でその混乱期に、女王を君主として内閣が独立して政治を行い極めて民主的な東欧の独立国エメトリアでは、軍の主要幹部と半数以上の部隊がソビエトKGBと共に起こした革命により軍事政権が誕生。
 それまで民主的な政治を行ってきた女王派とそれを支持する多くの民間人が、革命軍とKGBによる作戦で文字通り大量虐殺されたいった。
 一方、昨年の湾岸戦争当時、修学旅行中に中東に取り残されたことにより自力脱出のためやむなく死者の国の異能力を身につけた、武蔵野大学附属高校の生徒、沖田、吉川、小坂といった日本の現役高校生達。
 彼らは、日本に留学中で同級生のエメトリア王女エリサを救うため、革命の混乱にあるエメトリアにその現代兵器では太刀打ちが難しい超常能力を使って武力介入した。
 これを契機に、女王派とそれを指示する一般国民が武器を取り、レジスタンスや女王派国民軍となって革命軍とKGBに反攻作戦を開始すると、劣勢にまわった革命軍とKGBは、一旦は首都から撤退した。
 エメトリアに平和が戻ると思われた矢先、ソビエトはエメトリア革命軍への支援を表明。新たなKGBの増援部隊を派遣を決定して実行に移した。
 ソビエトはKGBの工作と支援を通じてエメトリア革命軍を扇動して行わせてきた女王派の民衆虐殺、逮捕抑留を、女王とその一派が自ら行ったと一方的に発表。
 ソビエト連邦がその解決のために、ソビエト軍本体でエメトリアに侵攻すると宣言したのだ。
 ソビエトの狙いはエメトリアに太古から存在する”魔女”と呼ばれる異能力者達を確保して人体実験の末、兵器として大量に生産、自国の新たな軍備強化と、輸出による利益獲得を行うことだった。女王とその家系をはじめ、エメトリア国内で女性のみに原因不明で発生するその異能力は、高位の者は核兵器に勝る能力を有すると言われている。
 ソビエトは、エメトリア国民軍の武装解除と、女王派の主要幹部の投降がなければ、24時間後に攻撃を開始すると宣告してきた。

 宣告から12時間後、ソビエト軍から突然、エメトリア首都とその周辺都市に対地攻撃が開始された。
「エメトリアの女王派から重大な挑発行為があった」
 ソビエトの一方的な発表と同時に、即座に攻撃が開始された。
 エメトリア国内の対空対地防衛施設、発電所、水道施設、TV、ラジオ局等に対して攻撃が開始され、女性や子供を含む多数の民間人が死傷。
 女王派の部隊がエメトリア国内の空港、空軍基地は抑えていたものの、黒海のソビエト艦隊と本国から空中給油を経てエメトリア上空に到達する、ソビエト軍の主力航空戦力に対して、普段はストレンジャーを追い返す程度の防空戦力しかないエメトリア空軍はなすすべもなく撃破されていった。
 同時に、エメトリア首都周辺を取り囲む対地攻撃部隊からも、地対地ミサイル、榴弾、ロケットによる攻撃も開始された。
 女王派国民軍の多くは定期的なミリタリーキャンプによる訓練を受けているとはいえ、一般市民が多い。一方で、革命軍はソビエトからの増援により、これまでのKGBによる工作主体の部隊とは違った、ソビエト本国の本軍が導入されたため、今までのようなゲリラ的な反攻作戦では太刀打ちができなくなっていた。
 そのため、対地攻撃部隊の位置はわかっても到達することはできず、またわずかなエメトリア軍装備の地対地攻撃部隊では、ソビエト軍の地上部隊を防ぐことは難しかった。
 民間人の悲痛な叫びの中、首都は粉々に破壊され、黒煙と炎がエメトリアの空を赤く焦がしていく。
 攻撃対象は軍施設だけでなく、病院、学校、ガス、水道、電気施設に対して徹底的に行われた。
 KGB第十八局特殊作戦部隊の総長で大佐のウラジーミル・スホムリノフは、今回の作戦の最高責任者であるニコラエヴィチ将軍から、作戦の一切について全権を委任されていた。
 エメトリア国内でのBC兵器使用、戦術核使用を庭で花火でも打ち上げる感覚で実行に移してきたこの軍高級官僚は、今回の作戦でも民間の人命のことなど、頭の片隅にもなかった。
「圧倒的な戦力と脅威を持って、エメトリア全国民を畏怖させ降伏させよ。その後のソビエト、いやロシアによる支配は貴様らの圧倒的強者としての攻撃にかかっている」
 ニコラエヴィチから直々に内示を受けたスホムリノフ大佐はもとよりそのつもりだった。
 参謀の中で唯一、多少の良心を持ち合わせた作戦参謀の一人、ヴコール大尉が、爆撃対象に小中学校、病院、民衆がまだ多く残る団地群、そして、新生児などが多く保護されている国立小児総合医療センターが入っていることを知り、スホリノフ大佐に攻撃対象から外すことを提案した。
 ペレストロイカ、グラスノスチと改革を推し進めた結果、経済的に立ちゆかなくなったソビエト連邦は、各国の支援無しには立ちゆかない状況にある。
 これまで行ってきたBC兵器の使用、そして、沖田達の活躍で未遂に終わったとは言え、エメトリア国内での戦術核の使用はもとより、対地攻撃対象に小児科病院を含む民間施設が入っていることを世界が知れば、ソビエト、そして今後のロシアは世界から孤立して、旧世紀まで経済と社会が逆戻りすることになる。豊富な資源も、各国の技術、資金協力なくしては掘り出すことさえできないのだ。
 はじめ、ヴコール大尉は、複数の参謀が取り囲むエメトリア全土を表した指揮卓の情報が間違っていると思ったのだ。
 この男はBC兵器の使用を控えるよう進言して抹殺された前補佐官、グチコフのことを不幸にも知らなかった。
 この時スホリノフ大佐は、グチコフ前補佐官に対するようなことはしなかった。
「女子ども、特に弱い者から殺すことで相手の戦意を喪失させる。戦争の基本ではないか?まして、我々は、エメトリアで行われている大量虐殺を阻止するという大義のために起ったのだ。何を遠慮することがある?」
「しかし、このことが世界に知られれば…」
「こんな東欧の小国の内乱に気をかける者など世界のどこにいる?ましてエメトリアは、我が軍のジャミングと報道管制によって、国外に一つの情報も持ち出すことは不可能な状態だ。首都制圧後、エメトリアに入り込んでいる記者どもも徹底的に刈り取って、二度と日の目をみることはできなくしてやる」
 現在のように一般的に普及したインターネットの存在しなかった90年代初頭の世界では、情報は公の電波に乗せるか、発行部数の多い誌面を通じてしか拡散できない。
 それは、記者達を始めとしたマスメディアが情報を収集して、積極的に電波や誌面に載せることで拡散していくしか当時、方法はなかった。
 押し黙ったヴコールに侮蔑の一瞥を与えると、スホリノフは、
「二次大戦中にナチスに使用された”聖戦”。女王が使用する可能性はあるのか?」
 別の作戦参謀に聞いた。
「はい。内部に入り込ませている工作員から、準備が進んでいると情報が入っています」
 ”聖戦”とは、エメトリアの異能力者達が城の特殊施設に集結して、全国民、動物に至るまで操作する禁断の魔法のことだ。
 操作された国民と動物達は、死を迎えたとしても、肉体に動く部分が存在する限り戦い続ける。二次大戦中に圧倒的な戦力で侵攻してきたナチス部隊を小国であるエメトリアは聖戦を使用して撃破したが、国民の半数とそれ以上の動物達が犠牲となった。
「ふむ…」
 スホリノフは腕を組み考え込んだ。
 二次大戦中に起きたこれらの状況について、資料では把握しているがどうしても現実味がない。
 異能力者達の存在は、エメトリアから誘拐した魔女達の人体実験に立ち会っており、その能力のすさまじさは目にしていたが、死して尚戦い続けるゾンビーの集団を作り出すなど、信じることが難しい。
「城への直接攻撃はどうか?」
「さすがに、エメトリア城周辺には、対空、対ミサイル施設が集結しており難しい状況です。また、城の魔女達による異能力も侮れません」
「BCや核でも困難か?」
「魔女が気がついてしまえば、例の次元操作で別次元に転換されます。あくまで魔女が探知すればですが」
「では、例のBC兵器があったな?工作員にあれを城内で散布させろ」
 そのBC兵器とは、0.001ミリグラムが体内に摂取されれば、ほぼ100%の確立で脳を破壊する、無味無臭で大気散布可能な生物科学兵器だった。
「工作員はそのまま?」
「あの兵器を防ぐ防護服は存在しない。我々が城に入る頃は自ら死滅するように調整されているから大丈夫だ」
 工作員には効果のないガスマスクが支給され作戦は実行に移されるだろう。
「承知いたしました」
 応えた作戦参謀が傍らの兵士に指示を出し始める。
「例の元SASの軍事顧問から派遣された、日本人部隊はどうした?」
「フォークは失敗したようです。対物ライフルで狙撃されたとか」
 別の参謀が答える。
「狙撃?」
 スホリノフが怪訝な顔を向ける。
「ええ、対物ライフルの弾頭が超高高度まで到達して直撃。現在、偵察機ミャスィーシチェフはオリョール基地を目指して飛行中。からなりのダメージだそうです」
「西側の支援機の可能性は?」
 超高高度を飛ぶ偵察機が、対物ライフルとは言え、地上からの狙撃で損傷するなど通常ではあり得ない。
 しかし、作戦参謀は頭を振った。
 革命軍が占拠していたエメトリア首都、脳科学研究所、王城で跳梁していた日本人高校生の異能力者部隊。
 彼らが、BC兵器、戦術核使用を始めとした、非人道的な行為の数々を撮影、レポート化した情報を持って、国境付近の難民キャンプを保護しているスウェーデンの国連PKO部隊に向かったとの情報をスホリノフ達は既に入手していた。
 その情報を聞いたフォークが自身も異能力者達を率いて超高高度偵察機で、難民達に簡易的な”聖戦”の魔法をかけて、日本人の学生部隊を襲わせたのはほんの数時間前だった。
「トラディッチもフォークも口ほどにもない。革命軍はやはり使い捨てでしかなかったな」
 吐き捨てるように言った。
「地中海に進出してきている英軍の艦隊と接触される前に全員殺せ」
「はっ。異能力者は生きたままでは?」
「今回は、エメトリアで実験体が手に入ればそれで良しとされている。日本人の異能力者は殺せ。それと…」
 スホリノフの口元に笑みが浮かんだ。
「女王派の攻撃で、我が国の偵察機が撃墜されたと発表しろ」
 およそ人間とは思えないような笑み浮かべて言うと、スホリノフは席を立った。
「24時間だ。その間にエメトリアを攻略するぞ」
 スホリノフはまるでそれは既に成功したことのように宣言して、指揮卓を去った。

To be continued.
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