73.ボーイスカウト達の憂鬱

文字数 2,881文字

「彼ら、投降しますかね」
 竹藤と沖田達をスコープに納めた観測手のつぶやきに、マクレガーの表情が一瞬だけ変わった。
「状況が変わり次第、次のフェーズへ移行だ」
 次のフェーズとは、人道的には深刻な問題が発生するが、いかなる条約にも違反しない兵器の”個人”への、しかも異能力者とはいえ、”未成年者”への使用だった。
 アメリカ軍所属のTFT(タスクフォースチーム)である彼らは、エメトリア女王息女で第一級異能力者のエリサと、昨年の湾岸戦争で異能力を身につけ、驚異的な戦闘力を有する日本の高校生達の確保、アメリカ本土への移送を目的とした特務部隊だった。
 軍の研究施設でこの手の研究を中心となって進めている主席研究員で、この特務部隊の主席軍事顧問でもあるキャサリン・キャンベルからは、
「生きていれさえいれば、どんな状態でも良い」
 との命令が下っていた。
 生きたまま捕らえられれば、人間としての権利や尊厳は完全に無視された、研究という名の残虐な拷問が待っている。
 マクレガー達の部隊は、エメトリア内の混乱に乗じて、エリサの確保を目指したが、エメトリア国民軍と沖田達に守られるエリサを誘拐することが困難となり、首都に迫るKGB部隊の侵攻もあって、首都からの撤退を余儀なくされていた。
 第二目標として後から設定された、沖田達の確保のため、ここまで存在を秘匿したままトレースして来れたのは、マクレガー達が国防省やCIAを始めとした各部門から引き抜かれた精鋭だったことが大きい。
 日本政府を通じてエメトリア潜伏中の内藤に繋ぎをつけて、沖田達の異能力を封じるアイテムを渡したのも彼らだった。
 内藤が彼らを投降させることに失敗した場合、キャサリンから渡された兵器を使用することになる。
 この後過酷な運命が待ち構えているとは言え、自分らの娘や息子と年齢の変わらない彼らを積極的に傷つけたくはなかった。
「いっそのこと、ここで全員死んでもらった方が…」
 別の隊員が途中で言葉を飲んだ。
「あのサディストに、生きた死体で引き渡すよりは、まだましなのでは?」
 隊員達の心中は一部を除いて同じだった。
 アメリカの名門一族、キャンベル家出身の上院議員リチャード・キャンベルの娘で、この部隊の責任者。キャサリン・キャンベル軍事主席顧問。
 彼女に逆らうこと、与えられた任務を失敗することは、別の意味で彼ら自身も生きた死体として今後を生きていくことを意味する。
 意外なことに、米国の各組織から引き抜かれた精鋭達ではあったが、一部を除いて理性的な良心を持つ隊員が多かった。そう一部を除いて。
「あの女子高生どもをさらって、見せしめに腕でも切り落としてやれば、すぐに投降してきますよ。さっさと全員死体にして、あのバケモノどもを確保しちまいましょうよ」
 キャサリンが他部隊から引き抜き、マクレガーのお目付役として配属したアレキサンダーのバカにしたような声がインカムから響いた。
「コンクリに詰めて運んじまえばいいんだよ。市街でちょうど良いミキサー車を確保してあるし」
 同じスカウトの女性隊員が楽しげに笑った。
「可能な限り損傷を避けて確保する。投降するまで待て」
 あの高校生達が人知を超えたバケモノであることを知ってなお、自身の娘や息子達を思うと、良心が痛む。マクレガー達良識派の多くが、この家業に珍しく結婚して子どもがいることが影響しているようだ。
「動きがあります」
 本土に二歳の子どもがいる狙撃手がスコープをターゲットしたままわざとらしく感情を抑制した声で告げた。

「お前達三人が投降すれば、他のメンバーには危害は加えない。なんならPKOの指揮所までエスコートするそうだ」
 内藤の声に、
「誰がエスコートしてくれるってんだよ。米帝の水兵さんか?」
 沖田が言い返す。
「まあ、そんなところだ」
 内藤がゆっくりと箱に手をかけた。
「おっさん。その箱を開けるとどうなるか知ってんのか?」
 吉川が内藤の眉間をポイントしたまま言った。
「知っているさ。君たち三人がどうやってその力を手に入れたのか。現地の調査部隊を指揮したのは俺だ」
 無表情な声が森の中に響く。
 内藤が箱を開ける前に吉川の弾丸は内藤の眉間を撃ち抜くだろう。
 しかし、1キロ後方でアンブッシュする別の部隊の存在を無視し実行すればだが。
「フレデリック!」
 インカムでフレデリックにコンタクトを取るも、電波妨害されているためノイズだけが鳴り響く。
 ひっそりと動こうとした小坂に、沖田が肩に手をかけ首を振った。
 既に、マユミ達、非戦闘系メンバーも、米の特殊部隊は捕捉しているのは明らかだった。彼らは人質を盾に二重の罠を張っている。
 どちらにしろ、証拠を残さず、全員を殺すつもりだろう。
「投降してチャンスを待つか…」
 吉川が呟き、ライフルを降ろそうとした時だった。
「撃て」
 突然、音声を回復したインカムから、聞き慣れてはいるがあまり耳にしたくない声が響いた。
「大佐か?!」
 インカムの向こうのマルコ大佐に吉川が聞き返す。
「撃て、ヒロツグ。それともたった一発の銃弾を惜しんで、昨年と同じように大切な人達を犠牲にするか」
 マルコ大佐の冷酷な声が響く。
 一瞬暗く沈んだ吉川の顔が、苦々しい笑みに変わった。
「はっ、あんたとはとことん話が合わないらしいな」
 一瞬の間とそして轟音。吉川の対物ライフルが火を噴く。

「大佐、逃げた二名は抵抗が激しかったため、やむなく始末しました」
 マルコ大佐のインカムに部下からの連絡が逐次入る。
 マクレガーの部隊は既に、マルコ大佐の制圧下となっていた。
 後ろ手に縛り上げ、膝を付かせたマクレガーの背に、マルコは愛用のCz75をつきつけている。マクレガーの顔には黒い袋がかぶせられ、その表情を確認することはできない。
 マクレガーが大分短くなったパナマ産の葉巻を指でつまんで地面に落とした。
「さて、アメリカの同士よ。俺たちはこのまま撤退する。お前と生きている部下達にBマインをセットしてある。タイマーが切れるのは8時間後だ。その後、我々には干渉せずにシーウルフ級まで撤退して欲しいがな。復讐戦は自由だ。もっとも武器の一部はこちらで預かるが…」
 Bマインとはブロードソードマイン、別名クレイアモアと呼ばれるM18散弾地雷のことだ。
 扇状の本体を地面に突き立てるように設置。起爆すると数百個のベアリングを辺りにばらまき、殺傷する。ベトナム戦争では対人地雷として多数使用されており、現代でも海兵隊などで使用されている。リモコンで起爆する型に関してのみ対人地雷禁止条約の規制対象外という珍しい地雷だ。
「もっとも、5キロ先から我々に捕捉されていて、気がつかないようではな。精鋭がボーイスカウトと言われても仕方がないか」
 数秒後、辺りの気配が消えた。
 足音も気配もしないまま、辺りに静寂が戻る。
 暫くして、
「確かに…」
 マクレガーは頭に被された黒い袋の中でそっと息を吐いた。
「ボーイスカウトと言われても仕方がないか」
 その声は心なしか安堵を含んだ。

To be continued.
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