75.難民キャンプ

文字数 2,640文字

「あんまりジロジロ周り見んじゃねぇぞ」
 吉川がぼそりと呟き、マユミが青ざめた顔で頷く。
 難民キャンプの惨状に茫然自失となる沖田達ムサノの学生一行。
 これまでエメトリア国内で革命軍の圧制下に置かれた市民の悲惨な状況を見てきた、マユミ、智子だったが、腐乱死体化したまだ三歳程度幼女がキャンプ内にそのまま放置されている様子に震えながら眼を背けた。
 大江だけはかろうじて気合いとその使命感で、レインウェアの影から周りに分からないようにシャッターを切った。
 沖田達一行は三隊にわかれて、お互いがフォローできる位置をキープしつつ、難民キャンプ内をゆっくりと、PKOの指揮所へと向かっていた。
 難民キャンプ外縁部は戦術的な効果のない嫌がらせとも言える革命軍とKGB部隊の攻撃にさらされており、装備で劣る国連PKO部隊が応戦するも防ぐことができず、難民達とPKO部隊の死体がいくつも転がっているような状態だった。
 キャンプはPKOの指揮所を中心として広がっており、中心部に行くにつれ密集度を増し、PKOから配布されたテントには定員以上の多くの難民達が肩を寄せあう。
 テントがある者達はまだましな方で、森から拾ってきた木片とカーテンやカーペットで粗末なテントを作り、その中に膝を抱えた難民達がひしめき合あっていた。
 エメトリアの国土は多くの森と山岳に囲まれているため水資源が豊富なのが唯一の救いだった。飲み水は近隣の川から汲んでくることが可能だ。
 綺麗な水がないと衛生面での状況は格段に悪化するため、疫病や伝染病が発生して状況は更に悪化すことになる。
 しかし、食料は圧倒的に不足しているようで、森や川から獣や魚を捕っているような状況だ。
 まだ冬に入る前なので、寒さもなんとか凌ぐことができていたが、本格的な冬に入れば、今度は凍死者が多く出ることになる。
 どういうつもりなのか、内藤は胸にプレスパスを掲げ、堂々と一眼レフでキャンプの写真を撮っていた。
 先刻、沖田達の前で意識を取り戻した内藤は、周りを見回すと苦い笑みを浮かべて、
「すまない」
とだけ言った。
 それが昨年のことを言っているのか、今回の事を言っているのかわからない。
 しかし、ある意味この哀れな宮使いの役人に、
「まあ、色々あるさ」
と言って最初に肩を叩いたのは沖田だった。
 マルコ大佐からの通信では米国の特務部隊は再起不能と報告があり、彼らは相談の上、PKO部隊へと向かう一行に内藤の同行を許すことにしたのだった。
「おかしな動きを見せたら殺す」
 いつもふざけた態度で明るく振る舞ってみせるフレデリックが真っ当な殺人者の目をして凄むと、
「ああ、あんたの眼が常に俺の背中に向けられていると思っているよ」
 と内藤は肩をすくめ、
「それに…」
 そう言ったきり口をつぐんだ。

 フードで顔を覆い、下を向いてなるべく目立たないように進んでいた一行だったが、何かギョッとした態度を見せて小坂が首をすくめた。
 恐る恐る、頭全体を覆っているフードから眼だけを覗かせて、周囲を確認する。
 灰色の景色の中、周囲に散在する難民達の様子に特に変化はないように見える。
 八百メートルほど先にいかにも急ごしらえのフェンスで取り囲まれる白いテントの一群が見えてきていた。
「どうした?」
 小坂の様子に気がついたフレデリックが声をかける。
「いや、気のせいか…」
 自分に言い聞かせるようにしてもう一度周囲を見た小坂の歩みが止まった。
 これまでキャンプ内での生活のため各々が別の行動をしていた難民達。その全員が背筋を伸ばし、首をグルリと回してムサノ生一行を見ていた。
 その目は全て瞳孔が広がり、黒目の大きく拡大された光る点の連なりがじっと彼らを見つめる。
 これまでの戦闘経験では感じたことのない猛烈な恐怖が小坂を抱きすくめる。普段冷静な彼が手を震わせて、前を行く吉川の肩を叩く。
 振り向いた吉川が眼を見開いて周囲を見回した。
 フレデリックや他のメンバーも気がついたようだ。
 インカム越しにマユミ達の声を押し殺した悲鳴が聞こえる。流石の大江も両手で口を押さえた。
 キャンプにいる難民達が、そう野良犬までもがジッと、ムサノ生一行をその黒々とした眼で凝視していた。
「お、お俺はルパンじゃなーい!」
 今だにルパンのコスプレで行動している沖田がふざけてみせようとして失敗する。
「こ、これは…」
 同行していたカーラが呻いた。何かに感づいたらしい。
「なんだよ、ねーさん」
 吉川がインカムで返す。
「何か力を…操作を感じる」
 頭痛がするのか頭に手をやる。
 すると、
『貴様ら…』
 頭に直接声が響いた。
 頭からかぶっていたフードを外し戦闘体制に入った沖田、小坂、吉川の三人とカーラ、フレデリックが、マユミや長島と行った非戦闘員を囲むようにして周囲を警戒して見回す。
「この甲高い聞くに堪えない声は」
 吉川は正体に気がついたようだ。
『よくも大佐と私の革命を邪魔してくれたね。その恨みを晴らさせてもらう』
 甲高い笑い声が続く。
「しつけーな男だな、ほんと」
「ああいうの、周りから嫌われるタイプだよねー」
「自分で名乗りでちゃうとか、そういうとこだぞきっと」
 面識のある三人が口々に悪口を言う。
 それを無視して、
『貴様らもあのあばずれの女王から聞いていよう。聖戦の魔法だよ。今から試させてもらう』
 声の主、革命軍親衛隊隊長のフォーク少佐の黒い感情の渦が、沖田達の頭に流れ込む。
「まだ、人工体の魔女がいるのか?!」
 その感情の濁流に沖田が顔をしかめて叫ぶと、
「いや、違う!奴が…フォークが魔女よ!」
 その異能力で周囲を探索していたカーラが叫ぶ。
 フォークの甲高い笑いが響いた。
『私は耐えたのだよ。正気を維持したまま、あのニコライのともすれば地獄のような実験に。そして女王を超える魔女となった』
 沖田、吉川、小坂の三人がどっちらけた。
「ええっ!女だったの!?」
 吉川が聖戦の魔法と聞いた以上に驚き、
「ま、まじかよ。SM好きの女王様か?!」
 沖田がアホなことを言う。
「あの拷問をSMとしてとらえられるの、おまえスゴいな」
 小坂が呆れたように感心した。
「ふざけてる場合じゃないでしょ!」
 思わず吹き出した大江が叫ぶ。
 黒い瘴気が辺りを覆い、それが一斉に重みを増したようだった。
「あー」
 言葉にならないうめき声発して、ゆっくりとだが確実に動きを早めた難民達が沖田達ムサノ生一行に向かって進み出した。

To be continued.
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