79.くさい臭いは元から絶つ!

文字数 2,380文字

「だめだ。エメトリア城で使っているどの周波数も応答しない」
 PKO部隊基地に設置されている大型の無線機に、自分の端末を繋いで操作していた長谷川がヘッドセットを取りながら振り向いた。
 衛星経由の別の通信機を操作していた長島もこちらを向いて首を振った。
 黒煙を上げ、爆発や炎上が数十キロ離れたこのPKO部隊基地からも見える。
 こちらを振り返りもせず、窓からエメトリアの方角をじっと見つめる沖田。
「二手に分けてエメトリアに救助に向かうか」
 そんな沖田の様子を見て、吉川が思ってもないことを言った。
 超高度偵察機からフォークの魔法によって操られ、暴徒と化して襲い来る難民達の魔法解除に、地上からの対物ライフルによる超異能力長距離射撃で成功した沖田達武蔵野大学附属高校メンバーと民間軍事会社のフレデリック、沖田達の腐れ縁であるイギリス王室王位継承権保持者のパトリック、元ソ連の異能力者カーラは、一旦、難民キャンプの中心にあるノルウェーのPKO部隊基地で今後の作戦を検討していた。
 革命軍とソビエト軍により早期に始まったエメトリア空爆。
 この状況になると、エメトリア城に残るエリサや女王クラリスが、国民全員を異能力によって狂戦士と化し、死しても尚戦い続ける究極魔法「聖戦」を使用することは明らかだった。
 検討するまでもなく、最善手はPKOイギリス軍が停泊する港まで、エメトリアの惨状を記録した各種データを持ち込み、国連と世界に現状を訴え、崩壊で逼迫するソ連への経済援助を止めさせるなど世界からソビエトに圧力をかけることだ。
 しかしPKO基地からイギリス軍が停泊する港までは、ソビエトと革命軍の支配エリアも多く、更に困難な状況が予想される。沖田達、異能力者を除いたメンバーでは突破することは難しい。
 この情報を早く世界に広めることが一番だと皆分かってはいるが、その間にエメトリアが聖戦の魔法を使って、国民全員を巻き込んだ総力戦に入ることは避けたかった。
 そうなればエリサの生存確率も限りなくゼロに近くなる。
 もし魔法が上手くいったとしても、大量の一般市民達が死体となって尚戦闘を続けるこの魔法の犠牲者達は計り知れない。また、女王やエリサといった魔法の行使者も死に至るか、重大な障害が残る危険性がある。
「くさい臭いは元から絶つ。消臭元!」
 沖田が振り返り、座っちゃった目で言った。
「何言ってんだバカ」
 とこれは吉川。
「指揮官を殺るか、補給線を断つか、戦術の基本だろ?」
「指揮官って、クレムリンの?」
「それが一番早そうだけど遠いしな。とりあえず、ソ連側の前戦指揮官だな」
 言いながら沖田が長島と長谷川に振り返った。
「場所分かる?」
「わかるかボケ」
 とこれは小坂。
 その様子に、ポリポリと頭を搔いた長谷川が、
「それがさ、」
「わかっちゃったんだよねぇ」
 と長島が続けた。
 二人の説明に寄れば、エメトリア城に残された革命軍側の暗号や通信システムの状況からソ連側の通信網とシステムのハッキングに一部成功しており、その通信状況から、今回のエメトリア侵略の指揮官、KGB第十八局特殊作戦部隊の総長で大佐のウラジーミル・スホムリノフの位置が判明したらしい。
 さすがに、作戦の総責任者であるニコラエヴィチ将軍はソビエト首都のクレムリン内にある軍施設にいるらしく、所在はさだかではない。
「遠いのか?」
「それが意外と近いっていうか、行きやすいかも」
 長島が地図で指し示したのは、この位置からも近い黒海洋上だった。
「ソビエトの黒海艦隊内に指揮所があるみたいだね。なもんで、周囲には特に地上軍も配備されてない」
 当時の性能のラップトップにしては高度なワイヤーで描かれた簡易地図と、艦隊の布陣を表示しながら長谷川が説明する。
「ソユーズ級の艦橋下、作戦室にいるみたいだね」
 ラップトップに表示された船型のワイヤーが拡大され、艦橋部分とその下の作戦室を表示する。
「行きやすいって言ったって…」
 まゆみと智子が口を揃えていった。
 戦闘体制下にある洋上の艦隊の戦艦内にある指揮所が行きやすいとは到底思えない。
「潜水服とSDVがあればいけるか?」
 SDVとはSwimmer Delivery Vehicleと言い、米軍のネイビーシールズ等が水中からの揚陸、船舶侵入に使用する、小型潜水艇の事だ。
「燃料が持たねえよ。潜水艦で接近するとかしねぇと」
「アンダーウォーターか…」
 昨年のイラクでアンダーウォーター、水中訓練中に死にかけたことのある小坂が眉をしかめる。
「フレデリックの方でなんとかなんない?」
 男子連中がやんや言い出す。
 あながちまずい作戦でもないようで、何か思い当たったフレデリックが通信機に近づいた時だった。
 沖田達を助けに駆けつけたノルウェーPKO部隊のリーダー、ハンスが現れた。その後に、イギリス軍の野戦服を身につけた身長の高いブロンドの女性の姿が見える。
 瞬間、バタバタと沖田達男子連中が大慌てで一斉に物陰に隠れ出した。
 フレデリックだけが、その場で直立不動の姿勢で敬礼を向ける。
 現れたマルコ大佐の娘、そのやり口の苛烈さから各紛争地でアイアンメイデンと恐れられる民間軍事会社のローザ少佐が現れる。
 物陰に必死に隠れようとする男子連中を一瞥すると、加えていた葉巻を吐き捨て、一人一人蹴り上げて並ばせる。
 男子連中全員がどこかしらを蹴り上げられて、しぶしぶローザの前に並ぶと、およそ人間とは思えない冷たく美しいブルーの瞳で一同を見回した。
「その作戦に一役買ってやる」
「へっ?!」
 声を上げた沖田の顔面に一発キレイにパンチが決まり、沖田が顔を押さえてのたうった。
「おまえらにしては上出来だ。作戦を説明する」
 指揮棒を取ったローザに、フレデリックがさっと地図を差し出した。

To be continued.
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