46.人を見たらみんなスパイと思え

文字数 2,321文字

 トラディッチの親衛隊に追い立てられるようにして、エメトリア城での仕事に従事する人々が中庭へと集められていた。
 皆、革命軍が占拠後、半強制的に城内での仕事を行ってきた者達だ。
 その多くは今、沖田達が行動を共にしているレジスタンスの両親や年上の兄弟達といった親族だ。
 皆不安そうな顔をして辺りを見回している。
 これまでも、何度か反革命派に対する逮捕と処刑が行われてきた場所だった。
 しかし、これまではここで働く人々がここに集められることは希だった。
 最後に引きずるようにして連れて来られた老婆が石畳に倒れ込むと、外に通じる全ての扉が閉ざされる。
 中庭を見下ろすベランダにガスタンクを背負いスプレーガンを装備した兵士が数人現れると、民衆に向かって一斉に何かを噴霧しだした。
「ガソリンだ!」
 誰かの叫びと共にパニックが沸き起こる。
 閉じられた鉄製の扉に向かって人々が殺到し、前にいる者達を次々と押しつぶし踏みつける。
「豚どもが」
 恐怖におののき、泣き叫び、逃げ惑う民衆を足下に眺め、親衛隊長であるアンドリュー・フォークが吐き捨てた。
 兵士が携えてい松明をとると、ポケットから親衛隊のマークの入ったジッポを取り出し片手で火を付ける。
 良くガソリンをしみこませた布に捲かれた松名が勢いよく燃え出した。
 それを掲げるようにしてベランダに設置された謁見用の台座へと登る。
「貴様達に選択権をやろう。生きるか、焼け死ぬかだ!」
 スピーカーで拡大されたフォーク独特の甲高い声音は、聞く者達になんとも言えない不快感を与え、一斉に壇上を振り返らせる。彼らに銃口を向ける兵士達の中にも顔を背けてあからさまに嫌悪する者もいた。
「お前達の中に反乱分子の子弟持つ不届き者達がいるという密告があった。トラディッチ大佐の慈悲で生かされ、衣食住をこの城で与えられてきた者達の中にだ!」
 ガソリンをかぶり揮発するガスの中で噎せ、眼をしばたきながら、恐怖に支配された眼を向ける民衆を、フォークは楽しむように見回した。
「このまま、全員で焼け死ぬか。それとも、不届き者達を指さすか。お前達に決めさせてやる」
 静まりかえる民衆。お互いの顔を見合わせ、大切な何かを天秤の両脇に置く。これまで、この圧政の中を共に耐え忍んで来た仲間達でもあり、一方では赤の他人だ。
 一人が手を上げて、隣の女性を指さした。叫びながら防護服を着た兵士達が民衆をはねのけて、その女性をたたき伏せて引きずり出す。
 すると、次から次へと手を上げ指を指す密告者が現れた。指をさされた物は、兵士に殴り倒され引きずられていく。
 暫くすると、誰も手を上げなくなった。
 これで助かる。早くこの恐怖から抜け出したい一心で壇上のフォークを見上げる。
「こいつを投げ込んだら、城での業務に支障がでるかな?」
 薄ら笑いを浮かべ手に持った松明をかかげると、フォークが隣の兵士に聞いた。
 首をかしげる兵士。ゴーグルとマスクで覆われた表情は良くわからない。
「まだ、いるはずだ。もう一度ガソリンをまいて聞いてみろ」
 兵士に松明を渡すと、
「さて、レジスタンスの連中にガソリンまみれの親兄弟の顔写真でも送ってやるかな」
 フォークがおよそ人の表情とは思えない笑顔を浮かべて歩き去った。

 吉川と小坂はレジスタンスの少年少女達と共に地下道を通り、革命軍の本拠地となっているエメトリア城にもほど近いオフィスビルや民家へと潜伏していた。
 脳科学研究所への襲撃により革命軍の主力がそちらへ向かうと同時に、城内のレジスタンス派が決起。城外から若者達で構成されるレジスタンスの主力が突入して、革命軍の指揮系統を掌握する作戦となっていた。
 吉川と小坂もエメトリア城にほど近い地下道から市内へと潜入。
 近隣の革命直後に国外に脱出した外資系企業のオフィスビルから城内の偵察を開始した。
 ライフルのスコープと観測用の双眼鏡で偵察をはじめてはみたものの、城壁を兼ねた建物に囲まれており、観測範囲は狭い。
 双眼鏡から眼を離した吉川が両手を上に伸ばして伸びをした。
「何か連絡入ったのか?」
 大きめのトランシーバーに片耳をあてて、手早くメモを取る小坂。
 モールスに自分たちオリジナル暗号化を加えた内容のため、ムサノ生以外に内容を知られることはまずない。
「政府から既にエメトリアに対して、日本人の即時解放を要求と現地に日本人保護のための外務省の役人が派遣されるってさ」
 メモを解読しなが小坂読み上げる。
「日本のエメトリア大使館に抗議したって、なんの効果があるのかね」
「あと、米ロの動きに気をつけろってのと…日本政府の関係者に気をつけろってさ」
「どう気をつけろってんだよ。こっちはあっちこっちで虐殺やらドンパチやらやってんのにさ」
 スコープから眼を離した吉川が眉をしかめる。
「人を見たら泥棒と思えってね」
 通信を終え、小坂がトランシーバーをバックパックに入れる。
「上手い具合に、沖の方で、エリサちゃんと、カーラ姉さんの家族を見つけてくれりゃあ、さっさとトンズラできるんだけどな」
 すると今度はアルベルトから渡されたハンドトーキーが鳴った。
「なんだって?」
「なんか、こっちに来るらしいよ。紹介しておきたい人がいるらしい」
「美人だといいな」
「アホか」
 エレベーターの到着音が鳴り、ホールの方を見た吉川がライフルを素早く引き寄せた。
 その様子を見た小坂もデスクの影に井上真改を持って素早く隠れる。
「ほんと、人を見たらみんなスパイと思えだな」
 エレベーターからレジスタンスのメンバーに案内された、フォークと革命軍の装甲兵を見て、吉川がいつになく緊張した声音で呟いた。

To be continued.
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