64.戦争なんてクソな大人どもにやらせときゃいいんだよ

文字数 3,408文字

「あいつ!めちゃくちゃじゃない!!」
 大江が叫びながらチャペルチェアの間を腰をかがめて走り抜ける。
 そのすぐ後を見えない巨大な獣が追いかけるように、木製のチェアが次々と跳ね上がり空中で粉々に砕け散っていった。
 大江がチャペルの石柱に滑り込んで頭を抱えると、その柱の一部が砕け飛んだ。
 人工体の魔女の力は凄まじく、カーラをもってしてもその力を抑え込むことが難しかった。
 瓦礫の中からよろめいて立ち上がったカーラが、再び人工体へ立ち向かおうとする。
「ちょっと、待って!」
 横倒しにしたグランドピアノの影からマユミと智子が人工体を覗き込んでいる。
「あの子!泣いてる!」
 大江も柱の陰から顔を出してみた。
 白いボロボロのロングドレスをだらしなく引きずり、長い頭髪から垣間見える赤い眼からは止めどなく涙が流れている。
「きっと、戦いたくないんだよ!」
 智子がインカムに向かって叫ぶ。
「なんでそんなことがわかるの!」
 ずり下がったメガネを上に上げて大江が叫び返す。
「わかんないけど、そんな気がするの!」
「じゃあ、どうするのよ!」
「なんか、操られてるんじゃない?」
 カーラが人工体を抑え込もうと力を解放するが、それ以上の力ではねのけられ、カーラの体が再び吹き飛んだ。
 それを見たマユミが意を決したように立ち上がった。
 まっすぐに人工体を見つめて近づいていく。
「ま、マユミちょっと!」
 慌てて智子が引き留めようとするがかまわずに進む。
 途端に、マユミと智子の周りの重力が変化した。
 巨大なGが二人を押しつぶそうとする。
 カーラが倒れたままでそれを防ぐように右手を伸ばした。
「あなた!戦いたくないんでしょ?!どうしたらいいの?!」
 重力に逆らうように前に進むマユミ。
 智子がその手を掴んだ。
 人工体のその赤い眼がむき出しになり、必死に顎を上げようとしている。
 その首にはエリサに捲かれていたのと同じ黒い首かせが巻き付いている。
「わかったわ!」
 頷くマユミを見た瞬間、二人にかかる重力が弱まった。
 マユミ、智子、大江の三人が一気に人工体にかけより、マユミが人工体にタックル。次に智子が人工体の長い髪をかき分けて顎を上げさせる。
 腰を沈ませた大江が狙い澄ましたように腰だめに握った鉄パイプを、居合い切りの要領で引き抜くと同時に、人工体に首に巻き付く首かせを叩きつけた。
 高い金属音と共に、首かせが弾き飛ぶ。
「さすが居合道部!」
 マユミが声を上げ、流れるような動作で腰へと鉄パイプを戻す大江。
 首かせが外れた瞬間、小さく痙攣すると、人工体の魔女は静かに眼を閉じて倒れ込んだ。
「し、死んだ?!」
 ビックリして抱き起こすマユミ。
 カーラがよろめきながら近づくと、人工体の脈を取った。
「大丈夫。眠っているだけだ」
 カーラがどさりと座り込んだ。
「姉さん大丈夫?!」
 今度はカーラを智子と大江が抱き起こす。
「大丈夫だ。この子を手当てしたら、彼らの後を追おう」
 カーラ三人を見回すと頷いて微笑んで見せた。

 バルコニーから見下ろすエメトリア城前の広場に、プリンセスプリンセスの「Diamond」が大音量で流れだした。
 突然、音量最大で異国のポップスが流れ、広場に集まった民衆がどよめく。
 エリサが武蔵野大学附属高校、秋の学祭でクラリネットで合奏する予定の曲だった。
 日本に来てから一番のお気に入りのバンド。マユミ達と玉川高島屋の新星堂にアルバムを一緒に買いに行ったことを鮮明に思い出す。
 エリサの顔がムサノに通っていた時のあどけない少女へと変貌した。
 大きなブルーの瞳から大粒の涙があふれ出す。
「粋な選曲じゃんか」
 と沖田。
「でしょ?」
 と長島のどや顔声。
 沖田はインカムに向かって笑うと、曲に合わせて自分も歌いながら尖塔のガラスを割って派手に飛び出した。
 城壁をザイルのテンションを使って器用に走り抜き、一気にエリサとトラディッチのいるバルコニーに飛び込む。
 衝撃を飛び受け身の要領で逃して着地すると、そのまま綺麗に立ち上がってトラディッチの腹を思い切り横蹴りで吹き飛ばす。
 側近の近衛兵が沖田を取り押さえようと動くも、銃もナイフも使わず、襲いかかる五人をあっという間に戦闘不能に陥れた。
 油断なくSR-1を右手で構えると、エリサをひたと見つめた。
「迎えに来たよー」
 白い歯を見せて笑ってみせる。
 同時に長島の下手くそなエメトリア語が広場に響いた。
「女王は我々が無事に保護した!今、別働隊とこちらへ向かっているぞ!女王は解放された!繰り返す!女王は解放されたぞ!」
 民衆のどよめきと歓声が広場を覆い、人の熱気がまるで固まりのようにして辺りにに膨らんだ。
 顔中を血と泥と硝煙に汚した沖田が再び笑ってみせた。
 一瞬の戸惑い。そしてドレス姿のエリサが沖田の胸に飛び込んでいく。
 沖田がザイルを持った手でエリサを抱きしめる。甘やかな香りが沖田の鼻をくすぐり一気ににやけ面になるのを気合いで抑える。右手の銃を油断なく構えながらバルコニーの端へと移動を開始した。
 その沖田を死角から狙う別の兵士が、空中を曲がりながら飛んできたライフル弾に吹き飛ばされた。
「ちっ。かっこつけやがって」
 吉川が尖塔の窓に固定したライフルを、コッキングレバー引いて排莢する。
「さて、脱出しますか」
 エリサを抱きしめたまま、バルコニーから飛び出そうとする沖田。
 その沖田をエリサが両手で押しのけた。
「ごめんなさい…」
 下を向いてうつむくエリサ。
「一緒に行けない…」
 かすれたような声で沖田に言う。
 首をかしげる沖田に、
「私は母と共にこの国を守らなくてはいけないの。もうムサノには戻れない…」
 うつむいたまま後へと下がるエリサ。
 沖田がそのエリサの手を強引にとって自分の元へと引き寄せた。
 うつむくその顔を顎の先に指をあてて引き起こすと、一気にキスする。
 びっくりして見開かれるエリサの瞳。そして一筋の涙。
「戦争なんてクソな大人どもにやらせときゃいいんだよ」
 唇を離したエリサの瞳を沖田が怒ったように見つめた。
「けど…あなたの国とは違うの。私たちは…」
「はっ、悲劇のヒロイン気取ってんじゃねぇよ。帰って学祭やろうぜ。KGBの部隊かなんか知らねぇが、俺らが駆逐してやるよ」
 沖田の決意が瞳を炎の色に染める。
 曲は「世界で一番暑い夏」へと変わっていた。
「大丈夫。昨年、イラクの最強戦車部隊を撃破したのは俺らだぜ」
 スピーカーから長谷川の声が響く。
「まあ、俺らの呪いが残っている間は大丈夫じゃね?」
 いつの間に来たのか、シャシュカで別の近衛兵を撃ち倒した小坂がエリサにニヤリと笑って見せた。
 沖田達の隙を見て、この場から逃げだそうとしたトラディッチの足元を沖田がSR-1で打ち抜いた。
「貴様は利用価値があるから生かしておいてやってるんだ」
 沖田の口から炎が漏れる。
「いいのかエリサ。この国を救えるのは私の革命軍と女王の部隊があってこそだ。これ以上の内紛はこの国を滅ぼすぞ」
 泥のように濁ったトラディッチの眼が二人を抱きすくめるように捕らえる。
 再び苦悶の表情で唇をかみしめるエリサ。
「エリサ!一緒にムサノに帰ろ!」
 インカムの声を拾ったスピーカーからマユミ達の声が響いた。
「わたし…」
 沖田が戸惑うエリサの頭に左手を置いて瞳を覗き込む。
「いいんだよ。なんせ俺らはまだ17歳だかんな」
 ニヤリと笑った。
 更に何か言おうとしたトラディッチの右耳を、沖田が無造作に打ち抜いた。
 叫び声を上げてトラディッチが倒れ込んだ。
「黙れ、おっさん。おまえが行った拷問と虐殺と人体実験についてはきっちり罪を償ってもらう」
 沖田の口から紅蓮の炎が吐息する。
「ハーグなんかに行けると思うなよ」
 その声はこの世の全てを憎むように響いた。
 深い虚無の光をたたえる沖田の瞳に見据えられ、トラディッチの体がおこりのように震えた。
 同時に城内から鬨の声が上がった。
 攻撃を中止していた反革命派が一斉に攻撃を再開したようだ。
 それに呼応するようにしてバルコニー下の広場に集まった民衆が、これまでの圧政と暴力に対する怒りをぶつけるように、一斉に革命軍の兵士達に襲いかかった。
「エメトリアに自由を!エリサ姫に未来を!」
 民衆うねりが次々と革命軍を飲み込んでいく。鬨の声はエメトリア全土へとこだましていった。

To be continued.
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