81.犠牲の天秤

文字数 2,506文字

「対地目標を確認。これより攻撃体制にうつる」
 ジェットヘルメット越しにヘッドアップディスプレイの情報と、キャノピー越しの目標を確認したパイロットが、僚機に合図を出して反転。対地攻撃のラインへと入っていく。
 確認された目標は教会で、横にある広場には大きく赤い十字のマークが、寄せ集めのペンキで描かれていた。
 明らかに市民を含む負傷者が収容されている教会だった。
 建てられたのは中世期頃だろう。過去の大戦後、何度かの改修を重ね、今では国内だけでなく海外からも観光客が訪れる世界遺産だ。
 ソビエト本土から飛び立ち、途中、空中給油を受けた対地爆撃装備のスホーイ27は、悠々とエメトリア国境を越え、最初の目標への攻撃を開始しようとしていた。
 コクピット上部が大きく円味を帯びており、大きめのテイルブームが尻尾のようなその特徴的な機体を知る者が見れば、ソ連がエメトリア進行に最新鋭機を導入していることが分かる。
 ブリーフィングの目標説明では、一般市民施設に偽装したエメトリア女王派の基地及び兵器貯蔵庫と説明があった。
 3機は既に攻撃態勢に入り、ヘッドアップディスプレイの照準に目標の教会が入る。
 翼下のハードポイントに備え付けられたレーザー誘導爆弾は、教会と中にいる負傷者や医師、看護士達の全てを粉々の肉片へと変えるだろう。
 無表情に、コパイロットがトリガーに指をかけたその時、一羽のカラスがコクピットキャノピーに当たった。
 一瞬眼をそらすも、訓練されたコパイロットはそのまま照準をつづけトリガーを引こうとした。
 次の瞬間、黒い固まりが3機のスホーイ27の行く手を覆い、回避行動を取る前に一斉に機体にぶち当たった。
 コクピットのキャノピー一面を黒い影が覆い、次から次へと鈍い音を立てて機体に何かが当たってくる。
「Kakaya!(What!)」
 さすがに動揺を隠せないパイロットが、黒く覆われたキャノピーを見ると、そこには無数の小さな眼が、自分たちを見つめていることに気がついた。
 数千羽を超すカラスの群れが、三機のスホーイ27を覆い尽くしていた。
 スホーイのパイロットが上昇して回避しようと操縦桿を引くが、大量のカラスはエアインテークにまで入り込み、巻き込まれて死んだ死骸によってエンジンは酸素を失って急停止していた。
 揚力を失った戦闘機は黒い固まりのまま市街地を外れた地上へと落ちて大炎上した。
 地面へ衝突する瞬間、まだ息のあるカラスたちが一斉に空へと上昇して逃れるが、多くのカラスはセラミック走行に嘴を突き立て、固いキャノピーにすら穴を穿ったまま共に爆発した。

 市民や負傷した兵士の避難とソビエト軍に対する防戦のため、エメトリア城内はその指揮と避難民と負傷者の受け入れのため大混乱となっていた。
 装備と数に劣るエメトリア女王軍は、最新鋭のソビエト軍、革命軍の混成部隊になすすべもなく各地で撃破されていった。
 ソビエト軍と革命軍は自らを、エメトリア解放軍と称して、女王派の圧政からエメトリアを解放すると公言して侵略を行っている。
 ソビエトに支援された革命軍がこれまで行ってきた市民への圧政と暴力、虐殺の情報は、国外に持ち出されることができず、多くの記者達もエメトリア市内に監禁されている状態だった。
 そんな混乱を極めるエメトリア城の再奥、複数立つ尖塔の中でも一番大きな塔の中に半世紀近く封印されていた施設があった。
 ナチスによる侵略時に使用され、以降使用されることなく放置されていた
その施設の内部は、半球状のドームのような形をしており、継ぎ目のない金属で部屋全体を覆われていた。
 床には幾つもの椅子が置かれ、複数の女性が祈るようにして頭を垂れて手を組んでいる。
 中心には、白いフードを被った女王とエリサの姿もあった。
 脳の使用率を高め、多次元に干渉することで、多くの生物の意識を奪って行動を強制させることができる究極魔法。
 多くの市民の意識を奪い、狂戦士(バーサーカー)として戦わせることができる「聖戦」の魔法が、女王の決断の元に使用されていた。
 始めはエメトリア国内の人間以外の動物たちに対して能力が発動された。
 人とは違う意識構造の動物たちにこの魔法を作用させることは、人間に作用させる以上に複雑な能力の使用が求められる。
 額に汗を浮かべ、必死に何かと戦う術者達。
 脳の使用率を上げすぎて多次元干渉が加速すると、三次元での存在を維持出来なくなってしまう。
 パシャリという音がして、中年の女性の身体が溶けて床へと落ちた。
 音のした方が振り向いた若い女性が、声にならない悲鳴を上げる。
 すると、空間がいくつもに分裂して、悲鳴を上げた女性も取り込まれてしまった。
 古めかしいブザーが鳴り、部屋の片隅に付けられた赤いランプが付くと、術者達が一斉に解放していた能力を縮小していった。
 何人かが床に倒れ込み、他の者達も頭を抱えて膝に突っ伏した。
 部屋の外から看護士達が駆け込み、倒れた女性を運び出し、様態が悪い者の状態を確認する。
 ふらつく足取りで女王が立ち上がり、部屋の中を見回した。
 国内に生息する鳥類に能力を作用させて、ソビエトからの航空機やミサイルによる攻撃の迎撃を行ってみたが、よそ層以上に術者の損耗が激しい。
 隣を見ると娘のエリサが激しく乱れた呼吸のまま、女王を見上げた。
 目が充血して焦点があっていない。
 ナチスを撃退した際、数十名いた異能力者の女性達はほとんどが次元の彼方へと取り込まれ、或いは三次元で存在を維持出来なくなってしまった。
 生き残った者も深刻な後遺症に悩まされ、その後数年でなくなった者も少なくない。
 降伏…
 革命軍に降伏した場合の過酷な支配と将来の犠牲者達と、このまま聖戦を発動して、戦闘継続による犠牲者達。
 どちらにも過酷な運命が待っている。
 降伏によって、自ら手をくださず、革命軍の暴力と殺人を受け入れることに甘んじるのではなく、犠牲の重責を負った上で道を切り開く選択をしたのではないか。
 しかし、女王とて、娘の苦しむ姿を見るとその固い決意すも揺らぐのだった。
 
To be continued.
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