61.女王救出作戦

文字数 2,041文字

 エメトリア城前の広場に、好むと好まざるとに関わらず、続々と国民が集められていた。
 少数は自主的に、そして大半は革命軍の兵士達に半ば強制される形で、謁見用のバルコニーを見上げ参集してくる。
 城にある尖塔の上部に潜伏して、パトリックや高梨達からの連絡を待つ沖田達は、その状況進行に焦りを募らせていたが、女王が人質に取られているため、介入のタイミングをつかめずにいた。
 インカムから聞こえてくる、高梨の実況から状況は思わしくない。

 沖田達が城内地下にある人体実験施設から脱出して間もなく、革命軍議長、ラトム・トラディッチとエメトリア王家の王位継承権者エリサ・デチーグ王女による共同声明が発表された。
 国営放送のみならず、城内や市街の広報用スピーカーなどで国中に伝えられたその内容は、エメトリア公国第一王位継承者であるエリサとトラディッチとの結婚発表だった。
 王位の正式な委譲についての発表とエリサからの停戦を求める声明により、城内にまで侵攻を開始していた反革命派は攻撃停止を余儀なくされていた。
 そしてこの一時停戦状況を利用して、結婚の正式発表と王位継承について簡易的ではあるが儀礼式をこのバルコニーで行おうというのだった。
 エメトリアの国境付近に、ソビエト連邦軍と思われる部隊も展開しおり、この内乱の早期終結、革命軍、反革命軍にかかわらず国内の秩序と連携をとりもどしてソ連に対抗する必要性も、エリサとトラディッチ双方から説明があった。
 人質として捕らわれているという女王から賛意を示す言葉があったとの情報も入っており、反革命派はバリケードや占拠した城の施設内で息を潜めて見守ることとなった。
 国境付近にある現在は革命軍に降伏した女王派の指令拠点内に、女王は軟禁されていた。
 英国の王位継承権を持つパトリックと、昨年沖田達を訓練したマルコ大佐の部下で元グリーンベレーのフレデリック、そして高梨、藤木といったメンバーが奇襲で女王救出を目指していたが、予想以上に警備が厳しく、女王救出作戦は難航していた。
「火炎放射器持った装甲兵がうじゃうじゃいるぜ」
 かすれた声でインカムから聞こえてくる高梨の声は緊迫感に満ちていた。
 沖田達と比べると明らかに戦闘能力が落ちる彼らには厳しい状況のようだ。
「フレデリックが裸足でニワトリのものまねしながら囮になるってのはどう?」
 こちらも小声でインカムに囁く沖田。
「ニワトリはいつもハダシってか…却下だってさ」
 息を潜めた藤木の声が聞こえる。
 床に腰を下ろし壁に背を預けた沖田が、尖塔の窓から人々が集まりつつある広場をチラリと覗き込んだ。
「あのバカもうまくやってんのかね」
 尖塔のその小さな部屋にいるのは沖田と小坂の二人だけだった。
 吉川は別行動で城内を行動している。
 長島達が現在制圧下に納めたエメトリア革命軍の通信網から、カーラの娘、アナの所在が判明したため吉川は単独でそこに向かっているはずだ。
 ため息をついて座り直す沖田。
 すると、広場から歓声とそして大きなどよめきが湧き上がった。
 バルコニーに姿を見せたエリサはエメトリア王家に代々伝わるブルーのドレスを着て、頭には王位継承者であることを示すティアラをつけていた。
 後から現れたトラディッチはエメトリア国軍の正式な礼装を身につけている。
 二人は並んでバルコニーから民衆を見回した。
 その姿に再度、歓声と落胆のどよめきが沸き起こった。
 この式典が終了すれば、反革命派の大半は戦闘行動を中止して、革命軍と共同でソビエト軍の侵攻に備えることになるだろう。
 そうなれば、トラディッチと革命軍、そしてソビエトの思惑通り、エメトリアは彼らの支配下へと置かれてしまい、沖田達の出番はなくなってしまう。
「やべぇぞ、はじまっちまうぞ!」
 焦る沖田がインカムに声を上げる。
「もう少し時間がかかりそうだ」
 インカムの向こうから、やけに落ち着いたフレデリックの声が聞こえた。
「突貫するしかないか」
 とこれは藤木の声。
「あの人数相手に、俺たちだけでは犬死にだぜ」
 高梨の緊迫した声が聞こえる。
 エリサが民衆に向かって手を上げる。するとバルコニー前に集まった民衆が一斉に静まりかえった。
「どうする?!」
 窓際に設置した登山用のザイルでいつでも飛び出せる体制に入る沖田。
 すると、
「やべぇ!後を取られた!」
 インカムの向こうから動きが激しくなるり、雑音と銃を構える音が交差する。
「だぁああっ!包囲されてんじゃん!」
 いつにない、藤木の焦り声が聞こえる。
「武器を置いて地面に伏せろ!」
 革命軍の発するエメトリア語が響いた。
「全員武器をおけ。犬死にするな」
 インカムを通してフレデリックの声が聞こえ、舌打ちする藤木と高梨のため息が聞こえた。
「すまないね。捕まったあるよ」
 最後にパトリックの声が聞こえ、インカムが乱暴に切られた。
 トランシーバーを握りしめた沖田がいつになく険しい目を小坂と見交わした。

To be continued.
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