24.拷問施設

文字数 3,922文字

 革命軍によって戒厳令下にありエメトリア憲章の失効による、集会の禁止、言論統制、海外渡航禁止等々の人権規制が多くあるエメトリア首都ではあったが、日中の経済活動については国の収入を損なわないよう、市民は通常通り仕事を遂行するように強制されていた。
 非民主的な軍事革命だったため、各国企業が取引を停止しようとする中、エメトリア国内に閉じ込められ、半ば拉致監禁されている状態の外国人達を人質代わりに、無理矢理に取引再開を脅迫して継続させている。
 日中の町中は、普段と変わらないように見えて、所々に鋭く光る革命軍兵士達の眼光と、重装備歩兵の威圧感、そして、T74戦車が町の要所要所に配置され、その威容を誇る圧倒的な支配感で周囲を圧する。
 兵士達にとって少しでも怪しいところがあるものは、容赦なく銃床で殴られ連行される。
 各家庭は食料の備蓄も底をつき始めているため、仕方なく外出しなければならないが、革命による流通障害、物資不足のインフレで、物価は革命前の10倍に跳ね上がっていた。
 一方で、全国民は国の有事に武器を取って戦うことが憲法で義務化されており、国民全員が先進国の軽歩兵級の装備を備蓄しているため、革命軍の人員だけでそのすべてを接収するわけにもいかず、国民に革命軍側への参加するようにあらゆる懐柔政策も実施されていた。革命軍に対する反思想的な言動、行動の密告、革命軍への参加による地位と収入の保証等である。
 最も、昨日までの隣人を平気で裏切れる人々もそう多くは無く、国民の常識と民度の高さが伺える。
 路面電車や地下鉄もかろうじて動いており、兵士達の目を気にしなければ、移動も比較的自由に行えるが、要所要所に検問が設置されており、社員証などの証明書がない場合は、そのエリアに行くことは制限されていた。
 そのような状況の中を、エリサとカーラは、エメトリア国内にある研究施設へと向かっていた。
 途中までは地下鉄で進み、検問で先に進めないエリアについては、秘密地下道を通って進んでいった。
 この地下道は、第二次世界大戦中、ナチスドイツの侵攻に対して、国内でゲリラ的に戦うために築かれた地下通路で、今では王室と警護責任のある部署の一部しか知らなかった。
 エリサ達の向かう研究施設は、エリサ達異能力者達の研究施設である。
 女王の管理下に置かれ、非人道的な研究は厳に禁止されており、能力発現の科学的解明や、中世ヨーロッパではびこった魔女狩りの歴史研究を元に、異能力の平和理解の普及と利用についての研究がなされていた。
 エメトリア国立脳科学研究所。
 革命軍に接収されて以降は、これまで厳禁されていた非人道的な研究も推奨され、捕らえられた異能力者、魔女達の半ば拷問施設と化していた。

 脳科学研究所にだけは送られるな。
 この世に痛覚を持って生まれたことを、死ぬことができずに後悔することになる。

 国民の間ではすでにそのような噂まで流れていた。
 東欧、ソビエト国内で独自に研究が進められ、被験者となっていた魔女候補、魔女対象者達も、研究者や設備が東欧一整っているこの施設へ、その多くが移送されていた。まだ、生きている者と死んだ者と、そして、かろうじて生きている者も含めて。
 そんな人類の最も悍ましい部分が全て集約したような施設に、エリサとカーラが向かっているのは、エリサは母である女王の所在が掴めず、既に捕まって研究所送りになっている可能性が捨てきれなかったからだ。
 一方のカーラは、ソビエト国内に監禁され実験対象と尋問の対象になっているであろう娘と夫が、エメトリア国内に移送されたという情報を得たからだった。
 一部を中世からの建物を流用している白亜の研究連は、中世期の魔女狩りの際に、魔女裁判を行う教会施設に見える。死者の苦しみがこびりついているような、独特の重い雰囲気は、見ていてもあまり気持ちの良いものではなかった。
 エリサとカーラは、ある程度近づければ、自身の能力により施設内の人間の目を通して、女王やカーラの家族の所在を確かめることができるはずだった。
 所在を確認できたら、まだ国内外に生き残っているであろう、エメトリア女王親衛隊の女王派をまとめて急襲する計画である。
 西側かまたは別勢力の力も借りたかったが、それまでに捕まった女王派の被験者達が拷問的な実験に耐えられるかわからないため急いだのだ。
 レンガで構築された長い地下通路を、コンパスと古い地図を確認しなが進む。
 途中、二次大戦当時の白骨死体に遭遇したり、巨大なネズミの集団を撃退して進み、数時間後にようやく研究所近辺の住宅街近くまで来ることに成功していた。
 朝早くエメトリアの中心街から地下に潜入して、今、時計の針は夕方を示している。
 エリサとカーラは顔を見合わせてうなずき合った。
 この先の岐路を右に折れれば鉄製のドアがあり、今は使われていない住宅街のアパルトメントの地下倉庫に出るはずである。
 汗を拭い、二人が一歩踏み出したときだった。
 前方から一斉にライトが光る。後方からも複数人の走り寄る足音が近づいてきた。
 ライトの光を腕で遮るようにしてエリサが前方を確認する。同じような黒い背広を着た男達がこちらに向かってサブマシンガンを構えているのが見える。
 カーラは後方に意識を集中して迫り来る敵の人数を把握していた。
「これは、これは。姫君。こんなネズミの巣でお目にかかれるとは光栄です」
 甲高い声が地下通路に響く。
 エリサ達を処刑場広場前からつけていた、フェルト製のハット、丸眼鏡、茶の地味な三揃えスーツの男だった。
 帽子をとって丁寧に挨拶する。
「誰なの?!」
 エリサが誰何する。
 帽子を小脇に抱えた小男が丸眼鏡を押し上げた。
「お初にお目にかかります。エメトリア革命軍上級情報将校のヴァルター・ニコライと申します。革命前はエメトリア情報局におりました。姫様にも何度かお会いしているかと」
 国家として現代で機能するには、国内外で活動するための情報関連機構は必要悪で有り、その存在を認めないわけにはいかないが、この男の名前を聞いて、エリサは戦慄が走った。
 何度か尋問中に被疑者を死亡させた容疑をかけられ、その都度裁判で無罪になっていた男だった。拷問で死亡した者の中には17歳の少女もいたのだ。
「Mr.ニコライ。そこを通してもらえないでしょうか?」
 この男に交渉や脅しは通じないとエリサは思った。何か行動を起こす時は、それは100%成功すると判断されたときだけ彼らは動くのだ。エリサとカーラは正に袋のネズミだった。
「そうもまいりますまい。こちらで姫様を保護させていただたく思います」
 うやうやしく頭を下げて申し立てる。
「保護していただく必要はありません。私は母を、女王を探しているだけですので」
「それでは、こちらでお連れいたします。女王陛下もわたくしどもが管理下にあります」
「そこの研究所で?保護とは名ばかりの人体実験にかけていないでしょうね?」
 エリサの怒りとも恐怖ともとられられる圧力が一斉に解放され、前方の男達数人がバタバタと倒れた。皆、口から泡を吹いて失神している。気管や肺が一時的に酸素を取り込めないように変異させる、局所物質変換の実施。
 倒れた男達を横目で見て顔色一つ変えないニコライが、
「私たちは平和的に姫様達をお連れしたいのですが…」
 指をパチリと鳴らすと、後から二人の男達に抱えられた、10歳くらいの少女が一人連れ出されてきた。
「ママ!」
 その声を聞き、振り向いたカーラの顔が空間に張り付いた。
 娘が生きて目の前にいる。
 安堵と興奮と怒りが一気に駆け巡る。
「カーラ!工作員が裏切ると言うことがどういうことか、今、教えてやろうか?」
 先ほどとは打って変わった、ニコライの冷酷な声が響く。
 ニコライの手には小さな爪楊枝ほどの枝が握られていた。
「この先に、0.001ミリだけ付着しているのは、東で開発された神経毒だ。ただの神経毒ではない。これを少しだけ皮膚に刺せばどうなるか?みてみるか?」
 鋭く振ったニコライの腕がカーラの娘の目の前で停止すると、失神して倒れている男の首筋につき立った。
 とたんに刺された男が激しい痙攣に襲われる。
 眼球が飛び出し、顔中の血管を浮き上がりもがき苦しむ。3秒と立たないうちに、男は全身から血を噴き出しながら死亡した。
「この毒の入ったカプセルがお前の娘の体内に仕込んであるんだよぉ!」
 丸眼鏡の奧の目をむいてニコライが怒鳴った。
「ええ?!どうする裏切り者の女ぁ!」
 カーラの娘を左腕で抱え込み首を締め上げる。
「こうしている間にも無数のカプセルが破裂しちまうかもなぁ。さすがにおまえの魔法でもどうすることもできねぇだろう。解毒剤をもっているのは我々の機関だけだぞぉ」
「た、たすけて…」
 首を絞められて苦しむカーラの娘。
 青ざめた鬼のような形相のカーラ。
 エリサも怒りで震えている。
 しかし、
「わかったわ。あなたたちに従います。だからその子を助けてあげて」
 エリサが諦めたように両手を挙げた。
「それが人にものを頼む態度かぁ?」
 こちらに目をむいてニコライが怒鳴る。
「跪いてプリーズと言え!」
 エリサが濡れた地下通路に膝をつき、ニコライを睨み付けた。
「その子を助けてあげて…お願いします…」
「はぁっはっはっは!体の端からゆっくり時間をかけていたぶってやる。高飛車な魔女どもめ、この世の痛みというものを教えてやるぞ!」
 下品な笑い声を発しながら、ニコライが部下に指示を出す。
 銃を構えた男達がゆっくりとエリサとカーラを包囲していった。

To be continued.
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