69.さよなら
文字数 1,953文字
圧倒的な質量を持つ光の爆発が、一瞬にして世界を白と黒の世界に塗り替える。
むしろ核融合によるエネルギーの解放は、沖田にとって緩慢に進んでいるように見えた。
それでも沖田は人類にはとうてい不可能なスピードでエリサとマユミ、そしてサリーを自分の影に置こうとした。
この世の理とは別の存在がこの世に具現化して沖田に憑依した呪い。そのすべての制限の解除を試みる。人類が生み出した最大で最悪のエネルギーに耐えるため自分の魂を捧げる文言が自然と口の端に上る。
エリサにさよならを言いたかったが、現実は1秒にも満たない。
沖田の背中に巨大な異界の者が象を結び、その場にうずくまるエリサ達を包むように影が覆いはじめた。
閃光と同時に一瞬で致死量に達する放射線と数千度爆風が有機無機を無視して、周辺のすべてのを焼き尽くし蒸発させる。
電磁波があらゆる電子機器に障害を与え、周辺を飛行中の航空機は制御を失って地面へと落下し、通信網は断絶される。
ゆっくりと大きなキノコ雲が立ち上り、悪魔の顔のようにして地上の地獄を睥睨するはずだ。
一瞬で広がった凶悪な白い混沌の世界。
1秒にも満たないその時間の中をゆっくりと歩むように、小柄な影が核反応の中心へと向かって歩いて行った。
沖田の横を通り過ぎるとき、肩にそっと手を置き、
「大丈夫」
と声をかけた。
幼い笑顔を残してサリーが光の中心へと歩いていく。
サリーと光の中心を覆うようにして空間が歪み、次元が多元化されていく。
時間の流れは平行に進まず、人知を超えた曲線の流れを生み出す。
「ありがとう」
最後に振り返った口元はそう言って笑った。
核反応の巨大な光が黒い影のような複数次元で抑え込まれ、やがて三次元では認識できない大きさになると、次元の彼方へと消えていった。
遠く外宇宙の、人類がまだ到達できぬ世界に。サリーと共に。
目的のビルの屋上を確保したメンバーが、戦術核の監視を開始した時だった。
円筒形の戦術核を護衛する兵士が慌ただしく動き出す。
無線兵から通話機を受け取り、円筒横に付けられているパネルを開けると、ナンバーパネルに数字を打ち込みだした。
「なんだ?」
腹ばいになって双眼鏡を覗いていた沖田が膝立ちで立ち上がる。
瞬間的に何かを思い出した沖田が振り返ってエリサとマユミの無事を確認した。安堵のため息と同時に、立ち上がるとフェンスを躍り越えてビル下にダイブした。
ザイルを使ってうまくテンションを取り地面に着地すると、戦術核のパネルを操作している兵士を素手でたたき伏せ、銃を向ける他の兵達を瞬く間に撃ち倒した。
核爆発は間一髪で阻止された。
その後、エメトリア城からごく小数をこちらに避けた国民軍の精鋭が周辺を確保。
戦術核の起爆装置を外し、エメトリア国内に設置された戦術核はすべて国民軍の管理下に置かれた。
「せっかく地獄から脱出できたのに、あの子…」
泣きじゃくるマユミを抱えるようにしてエリサも顔を伏せ声を抑えている。
そんな二人の側で、沖田は地平線に沈む太陽を睨むようにして立ち続ける。
「どうなってんだそっちは!!」
吉川の切迫した声でインカムが響いていた。
沖田がだまって首についたインカムのボタンを押して一人を覗いてメンバーの無事を報告する。
「何があったんだ?」
安堵のため息をついた吉川の声がインカムの向こうか響いた。
「サリーちゃんがさ、核反応ごと飛んじまったのよ。ご丁寧に時間まで戻してね」
「魔法で?」
「そう、魔法で」
「そうか…」
吉川が目を閉じ数秒、黙祷を捧げる。昨年からのそれが彼の悲しいくせになっていた。
「KGBの部隊が攻勢にでたそうだ。それとソビエト本国で本体導入の動きもあるらしい」
吉川の報告に、沖田が空を仰いでため息をついた。
「やばいのか?」
「どうやら今のうちに、本気でこの国を併合する気らしい」
「次から次へと…」
沖田が吐き捨てる。
「このまま日本に帰ってもいいんだぜ?」
半ば本気の吉川の声。
「エリサとこの国を放っておいてか?」
「女王とエリサの親族を国外に脱出させて、亡命させる話もでている」
沖田がエリサの方を向いて、インカムのスイッチを押し直した。
「俺は心底頭にきたぞ。花火じゃあるまいし、簡単に核爆発なんか起こしやがって」
「実を言うと、俺もそうだ」
吉川が珍しく同意する。
「同じく」
「同感」
「昨年言われたっけ。戦って死ねってね」
小坂や他のメンバーの声も聞こえる。
「ぶっつぶすか」
「だな」
うなずき合うムサノメンバー達。
「よし、じゃあポイントA225Bに集合な」
「部活の集まりみたいに言うなや」
笑って応じた沖田が無線機を切ろうした。
「お待ちなさい」
通信に割り込んでエメトリア女王の声が響いた。
To be continued.
むしろ核融合によるエネルギーの解放は、沖田にとって緩慢に進んでいるように見えた。
それでも沖田は人類にはとうてい不可能なスピードでエリサとマユミ、そしてサリーを自分の影に置こうとした。
この世の理とは別の存在がこの世に具現化して沖田に憑依した呪い。そのすべての制限の解除を試みる。人類が生み出した最大で最悪のエネルギーに耐えるため自分の魂を捧げる文言が自然と口の端に上る。
エリサにさよならを言いたかったが、現実は1秒にも満たない。
沖田の背中に巨大な異界の者が象を結び、その場にうずくまるエリサ達を包むように影が覆いはじめた。
閃光と同時に一瞬で致死量に達する放射線と数千度爆風が有機無機を無視して、周辺のすべてのを焼き尽くし蒸発させる。
電磁波があらゆる電子機器に障害を与え、周辺を飛行中の航空機は制御を失って地面へと落下し、通信網は断絶される。
ゆっくりと大きなキノコ雲が立ち上り、悪魔の顔のようにして地上の地獄を睥睨するはずだ。
一瞬で広がった凶悪な白い混沌の世界。
1秒にも満たないその時間の中をゆっくりと歩むように、小柄な影が核反応の中心へと向かって歩いて行った。
沖田の横を通り過ぎるとき、肩にそっと手を置き、
「大丈夫」
と声をかけた。
幼い笑顔を残してサリーが光の中心へと歩いていく。
サリーと光の中心を覆うようにして空間が歪み、次元が多元化されていく。
時間の流れは平行に進まず、人知を超えた曲線の流れを生み出す。
「ありがとう」
最後に振り返った口元はそう言って笑った。
核反応の巨大な光が黒い影のような複数次元で抑え込まれ、やがて三次元では認識できない大きさになると、次元の彼方へと消えていった。
遠く外宇宙の、人類がまだ到達できぬ世界に。サリーと共に。
目的のビルの屋上を確保したメンバーが、戦術核の監視を開始した時だった。
円筒形の戦術核を護衛する兵士が慌ただしく動き出す。
無線兵から通話機を受け取り、円筒横に付けられているパネルを開けると、ナンバーパネルに数字を打ち込みだした。
「なんだ?」
腹ばいになって双眼鏡を覗いていた沖田が膝立ちで立ち上がる。
瞬間的に何かを思い出した沖田が振り返ってエリサとマユミの無事を確認した。安堵のため息と同時に、立ち上がるとフェンスを躍り越えてビル下にダイブした。
ザイルを使ってうまくテンションを取り地面に着地すると、戦術核のパネルを操作している兵士を素手でたたき伏せ、銃を向ける他の兵達を瞬く間に撃ち倒した。
核爆発は間一髪で阻止された。
その後、エメトリア城からごく小数をこちらに避けた国民軍の精鋭が周辺を確保。
戦術核の起爆装置を外し、エメトリア国内に設置された戦術核はすべて国民軍の管理下に置かれた。
「せっかく地獄から脱出できたのに、あの子…」
泣きじゃくるマユミを抱えるようにしてエリサも顔を伏せ声を抑えている。
そんな二人の側で、沖田は地平線に沈む太陽を睨むようにして立ち続ける。
「どうなってんだそっちは!!」
吉川の切迫した声でインカムが響いていた。
沖田がだまって首についたインカムのボタンを押して一人を覗いてメンバーの無事を報告する。
「何があったんだ?」
安堵のため息をついた吉川の声がインカムの向こうか響いた。
「サリーちゃんがさ、核反応ごと飛んじまったのよ。ご丁寧に時間まで戻してね」
「魔法で?」
「そう、魔法で」
「そうか…」
吉川が目を閉じ数秒、黙祷を捧げる。昨年からのそれが彼の悲しいくせになっていた。
「KGBの部隊が攻勢にでたそうだ。それとソビエト本国で本体導入の動きもあるらしい」
吉川の報告に、沖田が空を仰いでため息をついた。
「やばいのか?」
「どうやら今のうちに、本気でこの国を併合する気らしい」
「次から次へと…」
沖田が吐き捨てる。
「このまま日本に帰ってもいいんだぜ?」
半ば本気の吉川の声。
「エリサとこの国を放っておいてか?」
「女王とエリサの親族を国外に脱出させて、亡命させる話もでている」
沖田がエリサの方を向いて、インカムのスイッチを押し直した。
「俺は心底頭にきたぞ。花火じゃあるまいし、簡単に核爆発なんか起こしやがって」
「実を言うと、俺もそうだ」
吉川が珍しく同意する。
「同じく」
「同感」
「昨年言われたっけ。戦って死ねってね」
小坂や他のメンバーの声も聞こえる。
「ぶっつぶすか」
「だな」
うなずき合うムサノメンバー達。
「よし、じゃあポイントA225Bに集合な」
「部活の集まりみたいに言うなや」
笑って応じた沖田が無線機を切ろうした。
「お待ちなさい」
通信に割り込んでエメトリア女王の声が響いた。
To be continued.