56.政府の犬

文字数 2,193文字

 湾岸戦争。
 1990年8月2日、イラク軍が電撃的にクウェートに侵攻して併合を発表。国際的な批判の高まる中、国際連合はアメリカ、イギリス等を中心とした多国籍軍の派兵を決定。1991年1月17日にイラク空爆から始まった戦争だ。
 当時、クウェートに滞在、在住していた多くの外国企業や政府の駐在員とその家族が、イラク軍の人質として捕らえられ、イラク国内の戦略的要衝で人間の盾として長期間監禁されることになった。
 クウェートに駐在していた日本人家族の多くも捕虜となり、戦後初となる多数の民間人捕虜のニュースは連日報道されいた。
 非戦闘員を人間の盾とするフセイン大統領の行為は、世界中から激しい非難を受け、各国のエージェントによる懸命な交渉、工作によって、民間人の人質解放は少しずつ進んでいった。
 しかし、一方で見捨てられた存在もあった。
 高等学校研修の一環でイラクと隣接する国境近くの油田見学に来ていた各国の高校生達が、滞在していた街ごとイラク軍に包囲されてしまい、脱出不可能となってしまったのだ。
 各国の高校生が新しいエネルギー開発の研究を目的とした研修旅行として参加しており、その多くは16歳~18歳の少年少女達だった。
 その街は反フセイン派の武装したアラブ民族の多くが拠点としており、首都の早期制圧を目指したイラク軍は、軍主力をクウェート首都へと向ける一方で、街を別働隊に包囲させた。
 地上戦による損耗を回避するため、一般市民が多く生活する市街地に対して連日、激しい空爆が繰り返され、滞在していた高校生達の生存はほぼ絶望視されていた。
 一方で、クウェートからイラク国内のホテル、軍事施設に移送され捕虜として軟禁されたいた駐在員やその家族に対する解放は、先の総理大臣や有名国会議員がイラク側に乗り込み、工作交渉によって解放が進んでいった。
 民間人捕虜解放との華々しいニュースが報じられる一方、どう見ても救出不可能な高校生達は、政治的なパフォーマンスとして利用できない上、ともすればその救出不可能な存在は、政治家や官僚たちの政治生命を脅かす存在となった。そのため、救出はおろかその存在すら日本国内での報道規制まで行われる始末だった。
 自省のメリット重視、政治家の顔色を見た忖度重視の外務省の対応も同じだった。しかし、当時、日本人捕虜解放のため、後方で尽力していた内藤を中心とした一部のメンバーが、かの高校生達の救出に自主的に乗り出すこととなる。
 省内はもとより、政府高官、政治家からも圧力のかかる中、同じ志を持つ、各国のエージェント達と協力して彼らの救出工作を進め、ようやく目処のついた矢先。日本側の中心的リーダーとして活躍していた内藤が、いわれのない罪で逮捕、略式起訴されることになる。
 高校生達を見捨て、その存在をひた隠しにしていた政府高官と政治家にとって、省内の階級の低い一部官僚達が、勝手に救出を行って脚光を浴びてしまうことは、彼らの地位を危険にさらし、貶めることになるからだ。
 外務省内で動いていた他のメンバーも同じように逮捕或いは左遷され、後始末的に引き継いだのが、現内閣府の統括官の一人である新井達だった。
 情報はマスコミにリークされる前に差し止められ、救出に向けて苦労して作られたイラク軍関係者とのパイプは二度と使われることはなくなった。
 自分たちにメリットのないことは一切興味をしめさず、人命すらないがしろにする政府高官と政治家達。
 学生運動を経て、報道カメラマンを目指すも、より根本的な解決と考えて入省した外務省。
 略式起訴後、訴追されることなく閑職にまわされ、その後、自分と家族の安全の保証を条件に内閣の犬と成り下がった内藤は、その全てに絶望して自暴自棄となった。
 数ヶ月後、自分たちの力で奇跡の脱出を成し遂げた高校生達。
 そして信じられないことにその彼らが、今度は日本からの遠く離れた東欧の小国で武器をとり、目の前で激しい戦闘を繰り返していた。
 同級生の少女を救出するため、手を血まみれに汚しながら。
 およそ平和の国の住人とは思えない、戦闘能力と殺戮行為で道を切り開いていく彼ら。 
 そしてそんな彼らを国はまたしても、地獄へと貶めようとしているのだった。
「おっさん。しっかり付いてこないと死体袋で帰ることになるぜ?」
 咥えタバコの沖田が振り向き、血に汚れた顔を拭った。
「ああ、今行く」
 城内で戦闘に巻き込まれて殺された、民間人の写真を撮っていた竹藤がカメラを向けたまま返事をした。
 無意識にもう一つのカメラバッグに手を触れて確認する。
 人知を超えた異能力を持つ彼らも、これを使用されたら終わりだ。
「道、まちがえてないか?」
「おめーじゃねぇんだから、大丈夫だよ」
 小坂が地図を確認して沖田に言い返す。
 竹藤から見るとそんな彼らの様子は街中で道順を確認するような感じだ。昨年からの経験がそうさせるのか、戦闘による悲壮感すら感じさせない。
「この先、広いホールみたいだな。おっさんもちゃんと付いて来いよ」
 彼らは気がついているのか。
 一瞬思うも、どうでも良いと思う。
「なるようになるか」
 あきらめとも希望ともつかないつぶやきを吐くと、竹藤は沖田達へと追く。
「さてさて、ラスボスは誰が倒すのかな」
 やれやれといった感じで笑う沖田の眼が赤く光った。

To be continued.
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