85.RADIO Talk(Ending)

文字数 3,041文字

「で、そのフォークとかいう魔女を、アナちゃんが異能力で抑え込んで、みんなで袋田叩きにしたと…」
 藤木の質問に、出演者がワーワーと答え出す。この日もほとんどの寮生と周辺地域住民がラジオに耳を傾けていた。
「編集長の二段突きを喉と水月に喰らって死ななかった奴は始めてみたなぁ」
「あれでも手加減したのよ」
「うそだー。眼が殺すって感じ」
「スパナで思いきり頭はたいてたのは誰だっけ?」
 深夜25時に始まる、武蔵野大学付属高校アマチュア無線部&エレクトロニクス研究部合同運営のFMミニラジオ局「オールナイト ムサノ」。
 ソビエトと革命軍の異能力者であるフォークを撃退した、まゆみ、大江、高梨といったムサノメンバーによって、イギリス海軍で待つ各国メディアに渡された情報は、CBTを始めとした映像、紙面、音声等、世界中のあらゆるメディアが一斉に報道を開始した。
 エメトリアでの、一般市民への拷問、虐殺、BC兵器使用、そして、戦術核の使用未遂について世界中の人々に知られることとなった。
 沖田達がクレムリンから無事に帰国後も、報道は世界中でより加熱していった。
 ソビエトとエメトリア革命軍への強烈な批判は、西側を始めとした反共産圏の国々をはじめ、幾つかの非賛同国までも、ソビエトに対して戦後最も過酷な経済制裁を発動し、NATOはエメトリアへの直接的な軍事支援を展開した。
 すでに経済的にも崩壊の危機にあったソビエトの最高指導者、イゴール・アレクサンドロフは、エメトリアからの即時撤退を発表。
 エメトリアへの戦術核の使用は未然に防がれることとなる。
 この点についても、大江たちムサノメンバーが持ち出した情報によって、イゴールは各国から激しい追求を受けることとなった。
 エメトリアでの軍事革命に関与したムサノメンバーをゲストに招いて、五夜にわたってインタビュー形式で放送してきた、オールナイトムサノ。
 今日がその最終日だった。
 パーソナリティをまたしても、あみだくじで務めることになった自動車部部長の藤木が、嫌がっていた割にはそつなくインタビュワーをこなしていく。
 放送は、学内と近隣住人にしか届かない電波範囲ではあったが、放送が録音されたテープメディアは、全国の高校でダビングを重ねて広がり、その親や親族たちといった周辺の人々への耳へと入り、全国的にもかなりの影響力をもつこととなった。
「まったく、聞いてる人には異能力とか色々ファンタジーな話で信じられないかもしれないけどね」
 藤木が一旦話を切って、話題を転じた。
「一方で進んでいた、エメトリア上への戦術核の使用と城内でのBC兵器使用。こちらも未然に防げてほんと良かったよね」
「核とかBCとか、ほんと勘弁して欲しいわ」
「エリサ達が無事でほんと良かった…」
 エメトリア城内でのBC兵器使用は、戦術核の使用が撤回されてからも、中央の指令を無視したスホムリノフ大佐からの作戦強行によって実施に移された。
 しかし、民間軍事会社でエメトリア軍事顧問のマルコ大佐とその娘ローザ、アナの母親の異能力者カーラによって、液体の入った瓶が床に落ちる寸前に阻止された。
 家族を人質にとられ、実行を強要されていたドリスの祖母と母親は、ソビエト軍撤退時に無事、開放され家族の元へと戻った。
「そのロシア美人のカーラさんと、娘のアナちゃんは日本への亡命手続き中なんだよね?」
「日本政府もエメトリアから入国者を拒否する形だったんだけどね。ほんと使えないわあいつら」
 大江編集長の怒りの声がスピーカーから響く。
 この事件の経緯については、武蔵野大学付属高校 新聞部が、総力をあげて朝刊夕刊にも一大特集として掲載、エメトリアで直に事件に巻き込まれて取材を行っていた、大江、高梨のリアルな情報は、各メディアで取り上げられる一方、コピーを繰り返して全国の高校へと拡散され、学生のみならず多くの日本人に衝撃をあたえることとなった。
 日本政府も事件への無視と不干渉によって批判の矛先が自分たちへと向くことをおそれ、外務省を通じて積極的に今回の事件の被害者たちの保護、エメトリア支援へと動いているようだ。もっとも、見た目が派手なお題目だけで実質を伴わない施策も多い。
「で、当のエリサ姫はいつ、ムサノに戻ってこられるのかな」
 エメトリア女王の娘、エリサ王女は本人の希望もあって、エメトリア国内で被害にあった市民への支援活動を続けていた。
 もっとも、学内でソビエト諜報員の攻撃対象となった人物だけに、日本への再留学が認められるかは微妙なところだった。
 学外でもすでにファンクラブができるほど人気のあるエリサは、エメトリア救国の姫君として、更にファンが急増しており、来日を望む声も大きかった。
 エリサの再来日については、内閣調査部外事五課で日本国政府側の工作員として沖田達に接触していた内藤真也が、
「お前らに貸しを作っておくと、ろくなことになりそうにないからな。まあ、俺がなんとかしておくよ」
 と、請け負ってくれた。
 もっとも、彼はこれを政府での最後の仕事とするようだった。
 ワイワイと賑やかな放送は終盤を迎え、
「五夜に渡ってお送りしました、世田谷の成城にある高校が舞台に始まり、武蔵野大学附属高校の学生達を巻き込んで、東欧の小国エメトリアの軍事革命、ソビエト軍の侵攻支配の阻止にまで発展したこの事件。もしかしたら来週総集編やることになるかもしれませんが、今夜はここでお別れです」
 藤木がプレイヤーにCDを入れ替えながら、番組を締めくくり始める。
「最後に、がんばって救出に行ったけど、エリサちゃんが帰ってこなくて傷心の沖田くんに、この曲を送ります」
 茶化したように言った後、CDトレイが入っていく音が放送にも流れる。
「川村カオリで、”僕達の国境”。それでは、今日も聞いてくれてありがとう」
 一呼吸おいた藤木が、格好をつけて番組終わりの決め台詞を吐いた。
「負けないように、泣かないように、いい夢をみるんだよ」

 武蔵野大学付属高校 男子寮にクレムリンから直接日本へ戻ってきた、沖田、吉川、小阪の三人は、もともとの自由な校風と世論の影響もあって、大江、まゆみといったメンバーを含めて、政府や学校側からなんの咎めも圧力もなかった。
 英国王室、王位継承権者で沖田達とはイラクから腐れ縁のパトリックのおかげで、イギリス女王から非公式に日本政府に口添えがあったのも大きかったようだ。
 とりあえず、エリサの日本への再留学の件は内藤に任せて、三人は寮室で爆睡を決め込もうとしたところ、エメトリア遠征中の授業課題、補習に追われることとなる。
 ようやく一日のタスクをクリアして、寮室の二段ベッドに倒れ込んだ沖田たち三人。
 一眠りした夜中、ふと目覚めた沖田が他の二人の起きている気配を感じて、下の段の吉川と隣の小坂を覗き込んだ。
 吉川も小坂も起きていた。
 沖田が灰皿代わりのコーラ缶を引き寄せて、セブンスターに火をつける。
 久しぶりの日本製たばこの香りが、ムサノの寮室に戻ってきたことを実感させる。
 最初に口を開いたのは吉川だった。
「で、どうするよ」
「冬休みになんとかするしかねぇな」
「ローザのババアが色々調べてくれてるらしいけどね」
「冬休みまでもつかどうか…」
「とにかく、こんな能力もっていてもろくなことないからな。早いとこ縁を切りに行こうぜ」

To be continued.

Witch Craft 第一部 エメトリア攻防編 完
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