72.女王とエリサの決意、PKO部隊救助へ

文字数 3,658文字

「力によって解決したことは、より大きな力によって覆されます。我々が敵より巨大な力を持たない限り」
 勇み立つ彼らを制した女王は、青白く疲れた顔にそれでも決意をみなぎらせ、沖田達に告げた。
「我々は最後の手段を選択する用意があります。しかし、その前に世界にこの状況を訴え、国連の調停団の派遣を促しましょう」
 現在、エメトリアは革命軍とKGBによる国境封鎖と通信妨害によって、海外メディア、国連などの機関と連絡を取ることができなくなっていた。
 航空機による国外脱出に対しては、容赦のない地対空ミサイル、戦術戦闘機による攻撃が行われ撃墜されていた。
 秘密裏に陸路を進む者達も、執拗な革命軍とKGBの追跡にあい、ことごとく捕らえられるか、射殺されていた。
 エメトリア国内で取材を続ける海外メディアの記者達も同様だった。
 戦術核の都市設置とそれを守らせるための市民の壁、近郊都市リサで使用されたBC兵器。
 戦術核が使用される寸前で阻止される映像や、BC兵器の使用によって苦しむ人達の映像は、英国放送協会CBTのジェームズや武蔵野大学附属高校新聞部の大江、高梨によって映像や写真、テキストで詳細にレポートが作成されていた。
「国境付近にスウェーデンのPKO部隊と国連大使が派遣されています。彼らは多くの難民を抱えたまま、少ない戦力で革命軍からの攻撃に耐えている状況です。彼らを救助と国外への脱出。この国で起きている事実を世界と国連に訴えて欲しいのです」
 一国の女王の決意と迫力に、ある意味ファイティングハイ状態の沖田も一瞬たじろいだ。
「しかし、このままKGBに押し込まれたら1日も持たないぜ」
 それでも言い返す沖田に、
「我が国の最終手段を…」
 女王は一旦そこで言葉を区切った。
「我が国の最終手段、”聖戦”の魔法を使用することをクレムリンに伝えます。それで数日は稼げるはずです。彼らも二次大戦中に我が国で起きたことは良く知っているでしょう」
 女王が唇をかみしめ、周りの側近が息を飲んだ。
「聖戦の魔法?」
 意味の分からないムサノ生達に、エリサが二次大戦中にエメトリアで起きたナチスとの戦いを伝える。
 話が進むにつれ全員が青ざめ息を飲んだ。
「そ、それは、使わない方がいいじゃない?」
 沖田が真顔で当たり前の事を言った。
「使いたくはありません。ただ、私たちにもより大きな力があることを示さない限り、彼らは侵略をやめないでしょう」
「まったく、ほんとに、どうしようもねぇな」
 沖田があきれ顔で言い、他のムサノ生達もやりきれない顔をする。
「これからは平和工作ってことね」
 新聞部編集長の大江が立ち上がった。
「人殺ししなくて済むならなんだっていいよ」
「さっさと脱出して、国連大使とやらを派遣してもらおうぜ」
 やんや言い出す武蔵野大学附属高校のイレギュラー達。
 すると、
「エリサはどうするの?」
 マユミが聞き、皆が一斉にエリサを見つめた。

「おまえエリサちゃんとこに残ってもいいんだぜ」
 前を行く沖田に吉川が茶化すようにして言ったが、その声は意外とまじめだった。
 首だけ振り返った沖田が舌打ちする。
「ま、自分から革命中の国に戻ったくらいだしな。祖国を守る意思は固いよ」
 エメトリア国民軍の支配エリア内は女王が手配したトヨタのランドクルーザーとトラックを使用して移動した後、革命軍との紛争地域は徒歩で移動していた。
 ちなみに日本製のトラックは荷台に重機関銃を積むことで軽戦闘車両化して世界中の紛争地域で利用されている。これが武器の輸出に当たらないかどうかはまた別の話。
 沖田、吉川、小坂に加えて、エメトリア入りしたムサノメンバー、大江、高梨といった非戦闘系メンバーも参加していた。また、元SASのマルコ大佐が代表を務める民間軍事会社の社員で元グリンベレーのフレデリック、元ロシア側の魔女であるカーラとその娘アナ、英国放送協会CBTのジェームズも同行していた。
 エメトリアの制空権と、地上からの国外脱出路はすべてKGBと革命軍によって掌握され完全封鎖されており、電波による通信も強力な通信妨害もあって、孤立している状態だ。
 大江達非戦闘系メンバーを戦闘エリアに連れてくることを拒んだ沖田達だったが、国連のPKO部隊経由での国外脱出を図る案が採用されたため、今回は同行することになった。
 隣国へ脱出後、フレデリックとパトリックの手配で一旦ドイツに向かう予定だ。
 英国王室出身のパトリックもマユミ達と国外へ脱出後、無理を承知で女王に直接、英国海軍の支援を要請する予定だった。
 沖田達はノルウェイの国連のPKO部隊を取りかこみ、周辺の難民達を巻き込んで戦闘を繰り返すKGBと革命軍の様子も取材して海外に持ち出すため、敵との接触は避けて隠密行動を行っていた。
 現在PKO部隊が難民支援の本拠地として使用している場所は、国境付近にある平原地帯の小高い丘の上にあった。旧時代の遺跡とそれを観光資産としたホテルなどの施設があり、その小さな集落的観光地に小規模ながら部隊を配置していた。
 視察に来た国連大使のヘリも攻撃を受け不時着。大使は重傷を負ったが脱出してPKO部隊内に保護されていた。
 国連大使への攻撃を、革命軍側はエメトリアレジスタンスの犯行と声明をだしている。

 PKO駐留エリアまで5キロの地点で、
「威力偵察禁止」
 とフレデリックにこっぴどく言われながら、沖田、吉川、小坂がギリースーツを着て周辺の偵察、可能ならPKO部隊とのコンタクトを図るために出発した。
 PKO部隊が駐留する丘の周辺を、戦車、装甲車等で構成されたKGBと革命軍の混成地上部隊が取り囲んでいる。
 丘の周辺は難民キャンプとなっており簡単な鉄条網と木材でバリケードが組まれているが、革命軍とKGBの機械化された部隊が一気に押し込めばひとたまりもないだろう。
 周辺の森や草原の枝や葉、丈の長い草などで覆われたギリースーツに身を包み偵察を開始する沖田達。
 SASで最も優秀な軍曹の一人と言われたマルコ大佐や元グリーンベレーのフレデリックから昨年、地獄のような訓練を受けた彼らは、相手がソビエト精鋭部隊であってもその存在を知ることは難しかった。
 索敵限界点までギリースーツで這いずるようにして近づき、丘の窪みに身を隠し周辺の索敵と状況を確認する。
 バリケード外にも難民達が散在しており、周辺を警戒する少数のPKO部隊の存在も確認出来たが、革命軍やKGBの隊員達も紛れ込んでいる可能性も高い。
「難民に化けて行くしかないか」
 吉川が小声でインカム越しに言い、二人が頷いた。
 非戦闘系メンバーを連れてきたことで、沖田達の取り得る戦術も大幅に制限されていた。
 今度はゆっくりと這いずるようにしてフレデリック達が待つ森まで一旦撤退を開始する。
 森に入ると、今度は中腰になって滑るようにして移動を開始した。
 するとすぐに先頭を行く吉川が後に続く二人に伏せるように手を上下させ、自分も腹ばいになった。
「なんだ?」
 森の奥に、一人たたずむ人影が見える。
 双眼鏡の反射で位置がばれることを嫌った吉川が、珍しく遠視の能力を使った。吉川から対象までの空気が薄まり、彼の眼球の形が大きく変化する。
「おっさん?」
 吉川の眼には、エメトリア都市部で撮影取材を続けているはずの戦場カメラマン、竹籐の姿が映っていた。

 竹等の姿は沖田達と同行していた時と同じで、ベトナム戦争当時の野戦服に、戦場カメラマンらしいポケットの沢山ついたジャケット。しかし、顔色が灰のようだった。そしてその手にはカメラではない何か箱状の物が握られていた。
 沖田達の存在を知っているかのようにゆっくりとこちらに近づいてくる。
 その手に握られた物に気がつき、吉川が明らかに動揺した。
「パンドラだ!」
「!?」
 沖田と小坂が吉川を同時に見る。
 彼らに取り憑くものと彼らのすべてを深淵へと導く神器。
 その一部で作られた、この世とあの世を繋ぐ箱。
 常人にはなんの影響もない、エジプト博物館にでも展示されているような装飾品だったが、沖田達の異能力を封じることができる数少ない方法の一つだった。
 竹藤は沖田達が森の地面に擬態する10メートルほど前で止まり、右手を掲げた。
「よお。まだ生きてたな」
 うつろな声が森に響いた。
「ああ、おっさんもな。お互い悪運が強いらしい」
 吉川がライフルのスコープを内藤にターゲットしたまま応える。
「内藤真也、内閣調査部外事五課だったか」
 吉川の声に竹藤と呼ばれていた男が呆れたように両手を挙げた。
「ほんと、恐ろしい高校生達だな。いつわかった?」
「高校生の記憶力をなめんなよ。会ったときから怪しいと思ってたよ。昨年何度か見かけた外務省の役人に、あんたに似た顔がいたんでね」
 竹籐だった男が悲しげに眼を伏せた。
「じゃあ、俺がここに来た訳もわかるな」
「ああ、宮仕えってやつ?大人は大変だな」
 吐き捨てるように沖田が言った。

To be continued.
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