71.ナチスと聖戦(ジハド)の魔法

文字数 2,796文字

 第二次世界大戦。
 東ヨーロッパで永世中立を標榜していたエメトリアもその戦渦を免れることは難しかった。
 周辺国と比較して、装備、戦力共に劣るエメトリアが唯一、他国からの侵略に対抗できたいのは、古来よりこの地に生まれてくる、異能力者、”魔女”と呼ばれた者達の存在があった。
 魔女とはいえ、その能力は高位のレベルに達すれば、空間次元操作も可能であり、時間という軸自体を超越することも可能だった。
 80年代のエメトリアやロシアの研究によれば、人間の脳の使用範囲を広げることで、未知なる力を発現することがわかっているが、1930年代から40年代当時は、特殊な家系に生まれる異端児的な扱いだった。
 エメトリアは古来より母系社会を基本としており、狩猟と農耕を中心とした極めて平和的な文化形態を持つ国家だった。
 周辺国が男性組織社会に移行するにつれて、その国家形態を他国からの侵略に対する防衛のために変容はさせてきたが、女性を中心とした平和的な考え方は常に強く踏襲されてきていた。
 その母系社会の維持が可能になったのは、この異能力者がエメトリア系女性にしか存在しなかったからだった。
 異能力のレベル自体は家系によってもまちまちで、三次元の事象を操作することしか出来ない者もいれば、四次元、五次元といったまだ人間の理解が及んでいない次元の操作も可能な者も存在していた。
 しかし、高位の次元操作については能力者への負担も大きいため、使用されることは希でもあった。
 あらゆる科学技術、当時で言うところのオカルトに対して狂気とも言える探究心を持っていたヒトラーは、早期からエメトリアの魔女について強い関心を示していた。
 ナチスドイツの台頭と共に、初期から小規模ではあるが精鋭の部隊を威力偵察として使い、エメトリアにとって戦局が厳しくなると登場する魔女達の能力について情報収集が行われていた。
 1940年のフランス制圧後、ヒトラーは大規模な機械化部隊をエメトリアに向けて侵攻させた。
 エメトリア併合とともに魔女達を徴用して部隊化を図り、今後の対イギリス、アメリカに対する戦いを有利に進める計画だった。
 ナチスドイツ侵攻に対して、エメトリア軍は国家総動員を発令。
 男女にかかわらず15歳以上の国民全員が国民軍として動員され戦ったが、ドイツ軍の圧倒的な戦力の前に、半月も経たないうちに首都攻略寸前にまで追い詰められる。
 戦局に合わせて逐次投入されていた魔女部隊の戦果も思わしくなかった。
 これまでの威力偵察から、ナチスドイツ側も対抗装備や戦術を研究してきており、生きたまま捕らえられる魔女達の数も増えていた。
 首都を包囲したナチスドイツ軍から降伏が勧告された時、国家憲章に記載された最大レベルの国民の義務の発動が女王と議会によって決定される。
 それは「聖戦」ジハドと呼ばれた。
 エメトリアがその母系社会を基盤とした極めて平和的な国家を守るために過去、幾度か発動されたことがあった究極魔法。
 最後に残った高位の魔女達が城の一角に集められ、全国民に対する異能力の解放が実行された。
 首都陥落が目前に迫り、どよめき立っていたエメトリア市内は、発動の瞬間から静寂に包まれた。
 勧告により告げられた期限を過ぎると、首都制圧に向けてナチスドイツの部隊が戦闘を再開する。 
 これまでなら、圧倒的な戦力の前にエメトリア軍は退却を余儀なくされることがほとんどだった。
 そのため、ドイツ兵達は自分たちの侵攻とともに、エメトリア国民軍はすぐに投降すると考えていた。
 しかし、対峙するエメトリア国民軍は投降するどころか、逆に猛烈な反撃を開始したのであった。
 全員が死者の群れと化すことで。
 ドイツ軍の大型機関銃グロスフスで頭を半分吹き飛ばされたエメトリアの若い兵士が、右手のサブマシンガンを乱射しながら走り込んでくる。
 銃剣でたたき伏せようとドイツ兵が取り囲むも、戦車の下に入り込み自爆。戦車と周囲の兵士達が爆風で吹き飛ばす。
 腰にエプロンを着けたままの一般家庭の主婦ととしか見えない女性が、果物ナイフを振りかざして完全装備のドイツ兵に躍りかかり、ナイフを突き立て、口蓋を大きく広げると兵士の喉笛に噛みついてとどめを刺す。
 まだ15歳になったばかりの少年が、吹き飛ばされた下半身をそのままに、はいずってドイツ兵に組み付き、ボキリとその足をへし折った。
 狂気の集団と化したのは人間だけではなかった。
 上空に黒い集団が現れると、眼を赤く染めた黒いカラスの群れが、ドイツ兵に一斉に襲いかかり、その目を耳を食いちぎり、首筋にくちばしを突き込む。
 動物園から解き放たれた肉食獣が、サバンナで狩りを行うがごとく、遠く後方に陣取る支援補給部隊に襲いかかっていく。
 彼らもまた、自分の生命が終わったことを知らず、頭と四肢があるかぎりドイツ兵を襲い続けた。
 地獄の扉が開き、最悪の狂気が地上に具現化されたような状況に、当時最高レベルの装備を身につけ、訓練を受けたドイツ兵達は恐慌状態に陥った。
 両足と頭があるかぎり、エメトリアの国民達は戦うことをやめなかった。
 ようやく頭を叩きつぶして動きを止めたエメトリアの少年を見下ろし、
「Zombie!!」
 恐怖で口をすぼませたドイツ兵が断末魔のように叫ぶ。
 次から次へと、自身が死んでいることすら認知しない不死者の軍団がドイツ兵へと襲いかかっていった。
 ナチスドイツ軍のエメトリア侵攻軍は、首都から一旦撤退を開始。近郊でバリケードを張って不死者の集団を防ぎつつ、ドイツ本国への報告と援軍の要請を行った。
 無線に向かって、震える声で報告を追えたエメトリア侵攻軍総司令官、ヴァルター・シュテンネス大佐に、総統から直々に檄が飛んだ。
 軍内でも勇猛豪胆で知られるヴァルター大佐だったが、不死者の集団から撤退してきた彼の精神は既に崩壊寸前だった。
「では代わってやる。貴様がここで指揮とれ」
 言うが早いかヴァルターは総統から賜ったワルサーで頭を撃ち抜いて自殺した。
 すぐに筆頭参謀が総司令官代理に選ばれるも自ら銃剣で喉を突き刺して絶命する。
 その間も、バリケードを乗り越え、銃を乱射し、ナイフを振り回し、爪や歯をドイツ兵へと突き立て、あらゆるところで自爆を繰り返すエメトリアの一般市民、老若男女達。
 当時最強を誇ったナチスドイツの精鋭部隊で構成される、エメトリア侵攻軍は二日を待たずに潰走した。
 帰国できた兵士の多くが、この世の地獄を見たことによる後遺症に悩まされ、その多くが戦線に戻ることができなかった。
 報告を聞いたヒトラーはその後、第二次エメトリア侵攻に関して作戦を立案させるも実行に移されることはなかった。
 こうして、エメトリアの中立は保たれることになる。
 全国民の三分の二を死者と化して。
 
To be continued.
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