74.ソビエト軍侵攻

文字数 2,500文字

 気を失ってぶっ倒れた内藤を引きずるようにして運びながら、代わる代わる周囲を警戒する沖田達三人。
「まったく、世話のやけるおっさんだ」
 そのおっさんこと、竹藤改め内閣調査部外事五課で日本国政府側の工作員として沖田達に接触していた、内藤真也。
 悪態をつきながらも見捨てないのは、やはりこの日本とアメリカ政府の間に挟まれた宮仕えに同情しているためか。
「マルコの野郎、いつか絶対、この手でケリをつけてやる」
 吉川が悪態をつく。
 マルコ大佐の部隊がアメリカの特務部隊を抑えると直感した吉川は、内藤の持つパンドラの箱、沖田達の異能力を根源的に封じる神器の破片を、バレットM82の巨大な銃弾と異能力によって、器用に箱だけを撃ち抜いた。
 しかし、弾丸の衝撃波は抑えることがが出来ず、内藤は吹き飛ばされて意識を失っていた。
「フレデリック!状況はどうか?」
 小坂の通信に、
「こちらは全員無事だ。ボーイスカウトもよくやる。俺も大佐からの合図があるまで気がつかなかった…」
 元グリーンベレーで現在マルコ大佐の民間軍事会社の筆頭であるフレデリックは、米の特務部隊に捕捉されていることに気がつかなかったのがよほどショックだったようで、その声は暗い。
「もうすぐ着く。準備を進めておいてくれ」
 難民に偽装した上、武器の携行は最小限に抑えキャンプへと潜入、PKOの指揮官と国連特使がいるはずの指揮所を目指す予定だ。
「こういうのが一番緊張するよな」
 非戦闘員を抱えて、戦時下に不特定多数の人間が密集する場所に潜入することを言っているのだろう。
 小坂がぼそりと呟いた。

 エメトリア城の居室の窓から、遠く沖田達の向かった難民キャンプの方角を見つめるエリサ。
 エメトリアの女王であり、そしてエリサの母でもあるクラリスは、その我が子の姿を見つめ、ため息をついた。
 娘には平和な環境で育ってもらいたいと考え、夫の故郷である日本へ留学させたのだった。その直後、腹心のはずの軍の最高責任者トラディッチに裏切られ革命が起こったのだった。
 エリサは女王が内乱で行方不明と聞いて、ロシアの魔女で娘を人質にとられていたカーラと共に母国に帰国、潜入したエリサだったが、母親としては安全な日本にいて欲しかったというのが本音だ。現にエリサの姉妹、従兄弟達の中には革命軍の戦闘で命を落としている者もいるのだ。
 もし、二次大戦で使用した国民を全員を死しても尚戦わせる「聖戦」の魔法を使用することになれば、エリサも参加することになる。
 その魔法を使用した後に、クラリスやエリサといった魔女達が無事でいられる保証はなかった。
「エリサ…」
 エリサだけなら国境を越えて国外へ脱出させることも出来る。今から沖田達に合流させて国連PKO部隊に保護と他国亡命を求めてもよい。
 しかし、その提案は何度か行われた親子の会話で頑なに拒否されていた。
 国境を接した国々では国家の維持を考えた場合、国民の犠牲を伴わないことは難しい。
 まして、1990年代初頭のソビエト崩壊、冷戦終結に伴う混乱期では尚更のことだ。しかし、自分の子だけでもそういった世界から隔絶された場所で平和に暮らして欲しいと思うのは親であれば身勝手な話ではないと思う。
 何度目かの説得を試みようとして女王が口をつぐんだ時、国民軍の指揮の一端を担う、ミハイル将軍が腹心と共に現れた。
「陛下、ソビエト、いえ、ロシアが…」
 ミハイルの言葉にエリサが振り返った。
「我が国に対して正式に武力介入を宣言しました。国内における混乱、圧政と虐殺をやめさせると」
「自分たちで革命を扇動しておいてよく…」
 女王の顔が怒りに歪む。
 KGBの部隊は表だって、ソビエト、ロシアとの関係性を表すことはない。
 階級章も所属もない部隊。ロシア側はあくまで人道支援の一部として革命軍寄りの支援を非戦闘系の人員で行っていると報道している。
 実際、エメトリア革命軍がここまで秘密裏に革命に必要な準備と軍備を整えられたのは、KGBを主体とした支援が裏であったからだ。
「24時間以内に、女王派の部隊は武装解除。女王と国民軍側の指揮官達の革命軍側への投降を求めています。応じない場合は、武力をもって首都と王城を制圧すると…」
 口惜しさに青ざめたミハイルが拳を握りしめる。
 現在の国民軍の部隊陣容では、本格介入してくるソビエト軍(当時は既にロシア軍と言えるが、ここはソビエト軍としておく)に対抗することは不可能だった。
 崩壊しつつあるとは言え、その軍事力は世界第二位だ。
 海上、航空戦力と機甲化部隊を中心とした地上部隊が投入されれば、エメトリア首都は一日とたたずに制圧されるだろう。
 多くの非戦闘員と、国民軍という名の市民を巻き添えにした。
「ソビエト側に…クレムリンに我が国の決意は伝わっているのでしょうか」
 魔女と呼ばれる異能力者によって、全国民を洗脳操作を行うことで、生きた死体となっても戦わせることができる禁断の魔法「聖戦(ジハド)」。
 二次大戦中、狂気の地獄を見せることで当時最強だったナチスドイツの精鋭部隊すら撤退させた禁呪。
 それを知っていて尚、侵攻を宣言するとは、エメトリアからすれば正気の判断とは思えない。
「お母さん…」
 エリサが女王の手を取りその眼を見つめた。
「沖田達の連絡を待ちましょう。けど…私たちも、もしもの場合の準備を」
 術式は高位の異能力者達が集結して、城の一角に設けられた古来より伝わる、次元干渉施設で行われる。
 その際、能力者達の脳は100%に近い使用状態となり、人の形を維持し得ないと言われている。
 ナチスドイツ侵攻時に使用された際は、女王を含めた多くの能力者達が消失するか別の物質や次元に置換されていたそうだ。その様子は極秘扱いとなっており、エリサですら真相を知らない。
 エリサの手を取り、黙って頷いた女王が、
「各部隊に配属されている上位の者達に連絡を。城に集まるようにと」
 ミハイルが黙って頷き敬礼後に部屋を後にする。その後を女王が続く。
「沖田…」
 もう一度窓の方を振り返り、エリサがそっと呟いた。

To be continued. 
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