82.次元崩壊と核攻撃

文字数 2,645文字

 双眼鏡を通して見える夕焼けに赤く染まる海上。その水平線上に、小さな影ではあるが、複数の艦艇が洋上で待機しているのが確認できた。
 イギリス海軍が停泊している海上沿岸まであと20キロ程度。エメトリア国境まで後数キロの地点。
 丘の上からの索敵では、ソビエト軍、革命軍の存在は確認できなかった。
 このまま接敵することなく、イギリス軍部隊との合流地点まで進みたいところだ。
 マユミ、大江、長島を始めとしたムサノ非戦闘員系メンバーとカーラの娘アナ、フレデリック、ノルウェイのPKOから支援部隊6名は、エメトリア国内で行われた、KGBと革命軍の民間人への拷問、虐殺行為、BC兵器使用、戦術核使用未遂といった情報を持って、ジェームズ達イギリスCBT他、各国メディアの待つイギリス艦隊まであと少しの所まで来ていた。
 国境線沿いはソビエト軍と革命軍によって封鎖されていたが、女王派の”聖戦”発動による一斉反撃が開始されたことにより、国境封鎖が手薄となったため、ここまで敵に遭遇することはなかった。
 しかし、女王派の聖戦発動のニュースは、ムサノメンバーの焦りと焦燥を募らせることとなった。
 仮に、この情報をイギリス艦隊まで届け、それがメディアによって世界中に公開されたからといって、すぐにエメトリアでの戦闘が停止するわけではない。
 聖戦がまだ人間に対して使用されていないのがせめてもの救いだが、それも時間の問題だ。
 聖戦の発動により、より多くの民間人とエリサや女王といった人達を犠牲にすることになる。
 傷つき、命を失っても尚、戦い続ける民衆の姿を想像して、マユミは唇を噛みしめた。
 丘の上から海へと続く丘陵をくだり数キロ歩けば、艦隊の護衛範囲に入ることができる。
 ここまでの連戦で疲労のピークだったが、メンバーの足取りはこれまで以上に早まった。
「待て」
 イギリス軍風の野戦服に身を包み、M4カービンで武装しているフレデリックが左手を挙げた。
 丘陵をくだりきった辺りに、人影が見える。
 細身で小柄な身体に、革命軍の軍服を着ていた。
 PKO隊員がすぐに周辺を索敵するも、どうやら一人のようだ。
「なんだいったい?」
 フレデリックが全員に伏せるように指示を出し、M4カービンを構え、PKO隊員を連れて接敵を開始する。
「あっ」
 フレデリックとPKO隊員達が何か見えない壁に衝突したようにして吹き飛んで倒れ込んだ。
「異能力者達は別行動か」
 聞き覚えのある甲高い声が響き、首をかしげた長島が正体に気がついた。
「しつけー女だな!」
「あ!」
 他のメンバーも気がついたようだ。
「オキタ君達を拷問にかけたっていう奴!?」
「さっきは難民に俺らを襲わせてもいるな」
「なんか声が嫌い」
 各々が悪態をつきながら当初決めたとおりの行動を開始した。
 立ち上がったフレデリックがすぐさま、フォークに向かって銃撃を開始する。
 PKO部隊もフォークに対してフォーメーションを展開して応戦を開始した。
 瞬間、フォークの周辺の空間が歪む。
 智子の走っていた地面が突然崩れ、黒い大きな穴がぽっかりと黒い口を開けた。
「キャアアアア!」
 悲鳴を上げ落下する智子の手を間一髪のところで長谷川が掴む。その長谷川の足を長島と高梨が掴んだ。
「お前達!先に行け!」
 立ち上がったフレデリックが叫び、フォークに向かってM4カービンを一斉射する。
 分厚いコンクリを軽々と撃ち抜くフルメタルジャケットの弾頭は、フォークの前でバラバラと物理法則を無視して地面へと落ちた。
「殺してやる!殺してやるぞぉ!」
 猛り狂うフォークの周囲は次元が歪み、三次元の物質がその形を保つことができずに、空間に崩落していく。
「な、なんかやばいんじゃないの?!」
 自慢の愛刀、粟田口国綱と彫り込まれた木刀を肩に担いで走る大江が叫ぶ。
 崩落していく空間が次第に大きくなり、背後へと回り込んで離脱を図るムサノメンバーの行く手を阻む。
「全員、次元の彼方に道連れにしてやる」
 引きつった笑い声と共に、フォークが叫んだ。
 既に次元崩壊を起こしつつある空間は、フォークを中心としてムサノメンバーやPKO部隊を飲み込もうとしていた。
「ど、どうすんのよ!」
 すでに空間の次元構成が崩壊して、上下の感覚すらなくなり始めた世界で、地面らしき物にしがみつきながら、それでも愛刀の粟田口国綱だけは離さない大江が喚いた。
 そんな上下左右がわやくちゃな中を、一人何事もないようにして歩き出した小さな人影があった。
「大丈夫。わたしに任せて」
 幼いが落ち着いた声音で静かに言うと、崩壊の中心にいるフォークへと近づいていった。

 女王派エメトリア国民軍からの反撃に、”聖戦”の使用が確認されてすぐの事だった。
「エメトリア城に戦術核を使用する」
 既にエメトリア革命軍の全指揮権も掌握している、ソビエトKGB第十八局特殊作戦部隊の総長で大佐のウラジーミル・スホムリノフが、さしたる感慨も見せずに全軍にそう宣言した。
 一方で、作戦参謀といった総司令部付のメンバーの空気は一瞬にして凍り付いた。
 参謀内から提案された通常攻撃によるエメトリア城への攻撃はことごとく魔女達の異能力によってすべて防がれていた。
 ソビエトの誇る大型対地ミサイルも、エメトリア城の目前で爆発することなく空中分解を起こしている。
 そのため、魔女達を混乱させるべく、城内で工作員による化学兵器による攻撃も同時に行われることも合わせて伝えられた。
 エメトリア城を中心とした首都への熱核攻撃。
 その結果として、首都に住む数十万人が数万度の熱で消失。周辺住民へと甚大な被害と、被爆エリアに深刻な放射能影響を残すことになる。
 人間の感覚として、ためらわない方がおかしいのだ。
 それでも命令は本国の承認を含めて数時間で実行に移されることになる。
 参謀の一人が渇いた喉をゴクリと鳴らし額の汗を拭くと、指示を実行するため通信参謀を呼び寄せた。

 核攻撃発令から数十分後、スホムリノフ司令官が座乗するソビエト黒海艦隊エメトリア侵攻軍の総指揮所、スラヴァ級ミサイル巡洋艦「モスクワ」が、所属不明部隊に襲撃された。
 航行機能に損失を受け、指揮系統が一時混乱するも、襲撃部隊の指揮所制圧は失敗に終わった。
 襲撃部隊は艦所属の迎撃部隊に迎撃されるも、一人の損失もなく撤退を遂げていた。
 出現時と撤退時に次元変異が確認され、部隊内に異能力者の存在があったと推測されている。

To be continued.
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