序列外の数字 3

文字数 2,351文字

 お腹を押さえて大笑いしているサクヤ。
 初めて見る姿に、どうしていいかわからずにケセドを見たヒナは、ケセドの青の目がとても冷たくて鋭くなっていることに気づいて更にドキッとする。会って間もないけど、こんな目をした彼は初めて見る。その冷たさはヒナを責める時の両親や他人の視線にも似てて、急に怖くなった。
 自分の方を見てるわけじゃない。
 でも友人をそんな目で見て欲しくない。
 どうすれば、と思って言葉を探したヒナだったが、それが見つかる前にケセドが喋った。
「何してんの、レイ」
 え、とサクヤを見たヒナは、笑うのをやめた友人が偉そうな顔をしてケセドの方を見てる姿に驚いた。さっきまでのサクヤと雰囲気が全く違う。そのサクヤを今ケセドはレイ、と呼んだ。
 ケセドが来る前、ヒナたちと一緒にいた青年の名前。
「いやー面白いもんを見たなー」
 サクヤの声だ。
 でも喋り方が全く違う。
「え? え?」
「…………ヒナ、あれがさっき言った、中にレイがダウンロードされてる状態だよ。今のサクヤの中にいて喋っているのはレイ。さっき君が会った男だ。あれはサクヤの空き領域に自分の一部を繋げて、体を乗っ取っている状態だよ」
 戸惑うヒナにケセドが教えてくれる。
 解析がわからないヒナのために噛み砕いてくれているのだろうけれど、それでもなお俄かには理解し難い状態だ。さっきまでのサクヤと、態度以外は何も変わっていないように見える、のに、ケセドの説明によれば、今喋っているサクヤはレイ、らしい。
 そこまでをなんとか理解して。
 ただ一つ、心配なことがあった。
「あれ、あの、サクヤは大丈夫なんですか?」
「大丈夫。サクヤちゃんの使ってない領域をちょーっと借りてるだけだから。サクヤちゃんの中核自体には何も干渉してない。人間は誰でも未使用領域を持ってるから、そこを使わせてもらってるだけ。この子のお父さんも何度か借りてるけど、遺伝子構造が似てるせいかサクヤちゃん入りやすかった」
 大笑いはしていないけれど、口元はまだ笑った顔のままでサクヤ(の中にいるレイ)が言う。
 詳細はわからないが大丈夫、ということなのだろうか。
 サクヤが無事ならば構わない、が、そっと隣を伺ったヒナはまだ怖い顔をしているケセドに強い不安を感じる。
 さっきレイの話をしていた時からそうだったけれど、ケセドの方は少なくとも仲がいい雰囲気ではない。自分に向けられている訳ではないけれど、そういう表情を見ること自体が不安になる。今は違っても、すぐに矛先が自分に向けられるのではないかと思うから。
 冷たい声でケセドが問いかける。
「何の用?」
「なんだよ、今日は助けてやったってのに冷たいな」
 ケセドの冷たい態度にも一切動揺することなく、サクヤの茶の瞳がじっとケセドを見る。
 中にいる人が変わるだけで、これだけ人間は見た目を変えられるのだな、とびっくりするくらい、目の前にいる友人は、普段のサクヤとは違って見えた。
「用もないのに現れるほど暇なのか」
「んなわけないだろ。サクヤちゃんやヒナちゃんみたいな可愛い子ならまだしも、お前みたいな可愛げのないやつなんか用があっても会いたくないっての」
 はー、とため息をつくサクヤ(の中にいるレイ)。
 出会ったレイの外見では、ケセドとほとんど変わらない歳のように見えたけれど、その態度からなんとなくレイの方が年上のように感じる。ケセドの方もずっと敬語を使うわけでもなく接しているけれど、レイの態度はどっちかといえば年下の相手に接しているそれだ。
 そして時々ひらっと片手を振るしぐさは、レイが解析を使ってた時のそれを彷彿とさせた。
 今は特に何も解析が発生していないから、癖のようなものなのかもしれない。
 ケセドの態度は平然と受け流したままレイは喋る。
「あいつは、まだしばらくお前の不安定状態が続くし、その結果発生する暴走の確率が残ってるのを心配している。だからまー、状況が安定するまではしばらく俺が見守った方がよさげ、って感じ?」
「いらん。帰れ」
「即答かい。でも断る。お前の命令なんてどーでもいいし。それに俺は護衛としちゃお買い得よ? 借りるのがサクヤちゃんでも害虫駆除くらいは余裕だし?」
「…………不快だ」
「だろーな。しかも否定できねーあたりがめっちゃ不快そー」
 ケラケラ笑うサクヤ(レイ)に、ものすごく不愉快そうにケセドが唸る。
 が、それ以上何も言わなくなった。
 ずっとそばで話を聞いているヒナの方は、その内容が半分もわからないのだけれど、どうやらまだしばらくサクヤの体をレイが借りたりするらしい、というのだけはなんとなく伝わった。
 大事な友人が、悪い人ではないが別人に好き勝手されるのは……流石に、なんか嫌だと思う。
「サクヤ、どうなるんです? サクヤ自身は、いいって言ってるんですか?」
 何かを意見する立場にないのはわかっている。けれど、何も言わないのは絶対に違うと考えたから、勇気を出してきいてみた。仮に否定されたりサクヤが蔑ろにされるような可能性があるなら、微力とわかっていつつもレイにしっかり拒絶を伝えないとと覚悟して。
 だからこそ、悲壮な顔でもしていたのだろうか。
 問いかけたヒナに、困った顔でサクヤ(レイ)が頭を横に振った。
「あ、そんな顔しないで。サクヤちゃんの空き領域にしばらくいさせてもらうけど、基本はこんな風に出てきたりしないし、サクヤちゃんが嫌がることはしないから。この状態は、本人の許可とってるし」
「そう、ですか。ならいいんですけど」
 サクヤ本人が嫌がっていないなら、いいと言っているなら、構わない。
 サクヤが辛いのでなければいい。
 ほっと息をつくヒナは、そんな彼女をサクヤ(レイ)とケセドが物言いたげに眺めているのには気づかなかった。
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