二日目の夜 1

文字数 1,639文字

 結局あの後、サクヤとしばらくカフェで会話した後、翌日一緒に登校する約束をして家路についた。
 明日の待ち合わせ場所を決めて、その場所でお別れをする。
 家まで送っていこうかという申し出には、かなり日が陰っていたこともあって帰りが遅くなるだろうからと遠慮してしまった。送ろうと言ってくれたサクヤだって女の子なのだ。帰りが遅くならない方がいいに決まっている。
 それに、家に友人を連れて行っていいかなんてまだおじさんに確認もしていない。
 彼がどれだけすごい偉い人なのかというのは別にしても、やはり保護者となってもらって同居させてもらっている手前、未確認のままでそういったことをするのは気が引けた。
 今のヒナは生活すべて世話になっている状態で、実質なんの役にも立っていない。その上自由に振る舞うなんてこと、どう思われるかわからないから、怖くて出来そうになかった。今の所ヒナに優しいその人の、不興を買うかもしれない行動は出来るだけ避けたい。
 だってここで見捨てられたら、異国の地で一人、どう生きていけばいいのかすらわからないのだ。
 前の家にいた時同様、相手の顔色を伺いながら生活することにヒナは何の疑問もない。彼女にとって生きるというのはそういうものだから。
 一人帰り道を辿って家に着く。
 比較的記憶に残りやすい道だったから、どうにか迷わず帰ってくることができた。
 現在ヒナが住む家は、首都の中枢である管理塔の裏手にあたる場所にある小さな一軒家だ。
 ありふれた外観のその家は、特に目立つこともない普通の大きさと見た目。
 周りにも同じような小さな家が並ぶが、まだ近所の人を見かけたことがない。誰も住んでないわけはないだろうが、住宅街なのにあまり人の気配がしない通りにある。それでも治安が悪いように思えないのは、道にゴミがまったく落ちてなくて、どの家の植木も手入れされているのが見てわかるからだろう。
 人は少ないが、手がかけられている気配があるから寂れた印象もない、不思議な通りだ。
 そして、家の主がすごく偉い人らしい、と知った後では意外に思うほど、家はこじんまりとしている。
「ただいま、です」
 家に着いて扉の鍵を開けて暗い中に入ると、自動的に廊下に明かりが灯る。
 明かりも、自動的につくということも、全部解析による技術。ヒナの住んでいた国の一般家庭では、家の明かりなんて燃料を使った照明が主で、解析なんて使われていなかった。もちろんヒナの家もそうだったから、この照明にはまだ慣れない。
 しかも解析不能な彼女のためなのか、基本的にはスイッチなどで起動させるはずのそれらが、この家の廊下では自動化されている。昨日の夜、最初に入った時にはひどく驚いたものだ。
 中に入って、まず二階の自分の部屋へと向かう。
 廊下と違い部屋の明かりはスイッチになっている。明かりをつけると、すぐに服を着替える。
 そのまま夕食に呼ばれるまで部屋の中で過ごすことも出来たが、なんとなく部屋から出て居間扱いされている一階の部屋に入ると、今朝別れたばかりのおじさんがそこで寛いでいた。
 おじさん、と言ってはいるが二十代と思われる若い青年だ。
 彼は透明感のある金の髪を揺らして、ヒナの方を振り返る。
「ただいま、おじさん」
「おかえりヒナ。手を洗っておいで。夕ご飯は食べるだろう?」
「はい」
 昨日出会ったばかりの、新しい保護者。
 穏やかな顔で寛いでいるその人がこの国でも一番の偉い解析士だなんて、あれだけサクヤと会話してもなお実感がわかない。
 サクヤを疑ってるわけじゃなく、そういう人はもっと雲の上の存在で、とても遠い存在で、だからこそ目の前で自然体で過ごしている人がそうだとなかなか思えないだけだ。もっと態度が偉そうだったり、威厳に満ちていたりすれば、また違ったのかもしれないが。
 彼は、どこにでもいそうな、親切そうな優しい青年にしか見えない。
 手を洗うために洗面台に向かった彼女は、自分の背中を見る相手の視線には気づかなかった。
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