初登校 1

文字数 2,004文字

 翌日、仕事に行く前のケセドに見送られて、ヒナは待ち合わせの場所に向かった。
 初めて学園の中に入った昨日は学校に関する説明や入学の手続きなどで全部終わったので、生徒として通う今日が実質初登校ということになる。事前に用意されていた制服に初めて身を包んで待ち合わせ場所に行けば、同じ制服を着たサクヤがひらひらと手を振って迎えてくれた。
 ヒナも十分以上前に来たのだが、サクヤはもっと早く着いていたらしい。
「ごめん、お待たせ」
「まだ時間前じゃん。そんなに待ってないよ。おはよヒナ」
 挨拶を交わしたら二人並んで学園へと向かう。同じ道の前後には、同じ制服の子ども達がちらほらと見える。ここはもう学園のすぐそばなので当たり前だが。周囲には公園や国の施設が並んでいて、民家はほとんどない。そういう場所に学園は建っている。
 黙って歩くのもおかしいし何か話題を、とヒナが思ってすぐにサクヤが話し出す。
 他人との普通の会話にまだ慣れないヒナには、サクヤのこういう積極的な部分がありがたい。
「各学年にクラスは1つしかないらしいから、同じクラスだよ。嬉しいねー」
「うん。嬉しい」
「あ、そうそう。あの方のことお父さんによろしくしたら驚きすぎてお父さんお皿割っちゃったの。超笑えた」
 楽しそうに報告してくれるサクヤの話の中で出て来た存在に、昨日の夜のことを思い出してちょっとヒナは言葉に詰まる。なんと言えばいいかわからない複雑な気持ちが蘇って。
 結局あの後は普通に他の会話をして終わったけれど、なんだかちょっとだけケセドの印象は変わってしまった。
 優しい。でもちょっと緊張する。嫌いじゃない。わからない。
 あれ以降、まだ彼の名前は呼べないし、かといって前のようにおじさんとも呼び続けられなくなってしまって、困っている。考えすぎかもしれないけれど、ここでまたおじさんと呼び続けるのは、あの人を拒絶しているような気がして何か違うと思ってしまうのだ。ずっと距離を置きたいならそれでいいのだろうけど、そうじゃないから。
 まだ、自分の立ち位置が見出せないでいる。
「ヒナ、どうしたん?」
「ううん、別に。お父さん大丈夫だった?」
 だけどそんなことをサクヤには言えない。だから拙くも話を振れば、サクヤが軽快に笑った。
「あー、大丈夫大丈夫。言ったでしょ上級解析士だよ。お母さんに怒られながら自分でお皿直してたよ」
 そんな話をしながら二人で学園に入って、まずは職員室へと向かう。
 そこで今日必要な書類とこれから向かう教室を教えてもらって、まっすぐに教室へと向かった。
 途中で見えた掲示板と思われるものが、一般的な紙のそれではなくて、半透明な板の上に流れる文章が表示されているという、明らかに解析士の手による高度な表示方法をしているのにヒナはちょっと驚いたりしながら。
 基本的に生徒は使用禁止らしいが、人が乗り込んで上の階と下の階を行き来する箱もある。
 学園の中には、街の中以上に解析の技術が使われていた。
 特に、ダーラほど解析先進国でない小さな国の、しかも地方出身であるヒナにとっては、それらに限らず学園の施設や設備のほとんどが目新しいものに見える。気をつけていても無意識に周囲にあるものをキョロキョロと見回してしまうヒナを、サクヤは微笑ましく眺めつつ何も言わなかった。
 そして着いた教室の前、二人で一度だけ顔を見合わせた後、扉を開く。
 教室の中には多くの男子、そして片手の指の数ほどしかいない女子がいる。
 二人が入ったら一斉に教室内の視線が集まった。
「この学園、昨日言った通りのとこだからさ、どの学年も男子の方が多いらしいよ」
 ひそっと隣に立つサクヤが教えてくれる。
 ヒナの故郷では、娘の学業に金をかける家は珍しい。ヒナなど、そもそも一般的な学校にすら行かせて貰えず、金のかからない慈善団体の教室にしか通わせてもらえなかったが、妹もそこまで金のかかる学校に行っていた訳ではない。どうやらダーラでもそれは同じのようだった。
 しかもこの学園は高度な解析士の教育をするらしい場所。
 自然、通う子どもの性別が偏るのはあり得る話だ。
「珍しいな、女子が同時に二人も入ってくるとか」
 揃って中に入った二人の姿に、教室内の誰かがそう言った。
 教室中が、ヒナとサクヤを見ている。ここでは女子というだけで相当目立つのだろう。この時ばかりは、一人で入学することにならず良かったと心底思うヒナだ。今までの経験で孤独にも悪目立ちにも慣れているけど、やっぱり隣にいるサクヤの存在は心強い。
 職員室で教師に渡された座席表に書かれている二人の座席は、一番後ろの左右並んだ場所。
 配慮されたのか、それとも単に空いた場所に並べたのかはわからない。どっちでもいいけれど、この状態でサクヤと離れずに済むのはほっとする。
 手元の紙をちらっと確認したサクヤが「いこ」とヒナの手を引いて座席に向かった。
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