楽園にて
文字数 1,193文字
この世界はいまだ解析が終了していない。
神が生み出した世界の完全解析など、人の傲慢でしかないのかもしれないが。
呼び出しを受けたレイは、大仰に封じられた扉の認証を通り抜けていく。本来なら侵入者を排除するために動くシステムは一切停止したまま、すたすた歩いて中を進むレイを放置している。この場所を管理する本人がレイの存在を全く脅威としていないからだ。
受け入れられていると思うのは嬉しい。
だが毎度毎度こんな感じで、仮に自分に偽装して誰か来たらどうするんだと思わなくもないが、この想定は無意味である。
この世界に「彼女」を騙せるような人間が存在するなら、今頃世界はそいつの手の中。警戒することすら意味がないだろうから。特にこの場所は彼女の領域。彼女が周りを騙せても、周りが彼女を騙すのは不可能に近い。
この世に生まれ落ちてしまった神の欠片。
人の到達しえないアイン・ソフ・オウル。
代替のない唯一。
絶対の体現者のような彼女は、この領域に自ら引きこもることで世界を守っている。
最後の扉を開くと、そこに彼女がいる。
椅子に鎮座する、見た目だけなら華奢な少女。真っ白な髪に白い肌、白の服。全体的に白い印象しかないが、そこに儚い印象はない。むしろ圧倒的な存在感で彼女はそこに座っている。白いまつ毛が上がった向こうから、唯一色のついた目がのぞく。
真っ黒な瞳が、感情なく彼を見上げた。
神の端末故に、人としてあるべき機能の一部が失われていたり上手く表現できなかったりしているけれど、それを寂しいとは思わない。ただ見えないだけなのだと彼は知っているから。
「いらっしゃい、レイ」
「元気そうだな」
「私が元気でない時があったかしら?」
そんな日はありえない。
調子なんてものが存在するほと、彼女は人の側に寄ってない。
これは偶然人の姿を残しているだけの、神の端末。
「今回は何の用な訳?」
彼女の前に立ってその頭を見下ろす。白く長い髪。ゆっくりと顔を上げた彼女の黒い目と視線が合った。
すぐ目の前なのに酷く遠いと思うのは、どれだけ近づこうとも触れることが許されないからなのか。この瞬間、彼はいつも同じ衝動に襲われる。触れたい、という単純にして強烈なその衝動を、毎回全力で心の隅に押し込める。
触れたら壊してしまう。
彼女も、世界も。
彼女がそれをまだ望まない限り、彼は決して手を伸ばさない。
「ちょっとした人助けをお願いしたくて」
「へぇ? ナンバーズも動かせないような人助けなんだ?」
「そうね。だってこれはどっちかといえば私の個人的な望みなんだもの。そんなのお願いできる相手は他にいないのよ」
ふわりと笑う、ただそれだけで。
報酬の代わりとしてしまうこの子が本当にずるい、と毎回思うのに。
それを断る選択肢が存在しない、報酬として受け取ってしまう彼だから、小さくため息をついて「仕方ねーな」とだけ呟いた。