学校帰りの遭遇 1

文字数 2,026文字

 初日の授業が全部終わり、放課後になった。
 今までまともな学校に通ってこなかったヒナにとって、しかも解析士育成を主軸に据えたこの学園の授業内容は初年度の学年であっても高度で、結局授業内容にはほとんどついていけないままだったけれど、途中からそれに気づいたサクヤが助けてくれたお陰でどうにか初日を終えた。
 終わりの音が鳴った瞬間、サクヤが思いっきりヒナの腕を引っ張り教室から逃げるように走り出す。
 荷物は持っていたし特に抵抗する気もなかったけれど、戸惑った。
「ちょっとサクヤ?」
「悠長にしてると絶対あの先輩来ると思うよ」
「あー」
 各学年にクラスは1つしかない。
 つまりお互い相手の教室は分かっている訳で、相手にその気があればいつでも来られるのだ。
 でもヒナたちの方が昇降口から近い場所の教室なので、直ぐに動けば相手が来る前に帰ることは可能、ということだろう。(向こうが授業を抜け出してまで来てなければ、だが)
 サクヤに合わせて走りながら問いかけたヒナにはっきり理由が告げられ、それに納得してしまったからヒナもサクヤに合わせて学園から逃げるように出た。別に悪いことをしているわけでもないし逃げる必要はないのかもしれないが、あれこれ絡まれ尋ねられたら面倒だから仕方ない。
 嫌だとまでは思わないものの、せめてどう対応していいかをケセドに確認してから対峙したい先輩だ。今日だけでも逃げられるならその方がいい。
 結局、学園から多少離れた街中までたどり着いてからやっと二人は足を止めた。
 ここまでずっと走ったので息が切れている。肩で息をしながら顔を見合わせ、どちらともなく笑った。
「ずっと逃げ続けるのは無理としても、まぁ今日くらいはね」
「そだね。買い物もしなきゃいけないし」
「そうそれ! あの先輩と話すより、ヒナの服少なすぎ問題の方が重大だよ!! あの方じゃなくても気になるよ! 2着って! クラスのオシャレじゃない男子でももっと持ってるでしょそんなんー」
「そ、そうかな?」
 嘆くサクヤの気持ちが、今のヒナにはよく分からない。
 親と住んでた頃には服を買ってもらう事自体が無かった。
 かなり幼い頃はあったのかもしれないが、物心ついた頃から後にはもう記憶がない。その頃には解析不能だと分かって親はヒナに興味をなくしていたし、家の中では厄介者だったから。子どもであってもヒナのために衣類を用意する、なんてことはしてくれた事がない。
 今までヒナが持っていた服は、近所の人が見かねてくれたものか、妹が気に食わずに着なかったから渡されたものだけだ。今まで食事も満足に与えられていなかったヒナと、両親に愛された妹は、年齢差があるのに体型があまり変わらなかったから着ることができた。
 そしてこの国に持ってきたのは現在まともに着られるものだけ。流石にもうボロボロすぎて持ってくる気も起きず前の家に残った服もあるが、恐らくそれらは捨てられているだろう。
 ただ、ずっとそんな環境だったから、いざ自分で買えと言われても何からどう買っていいかも全くわからないのだ。
「許可も出てるんだし、ヒナに合うかわいい服を買うわよ買いまくるわよー?」
「あの、あんまり高いのは、やめてね?」
「大丈夫! 普通の家が買う範囲なら、ヒナも買うのは構わないって思うんでしょ?」
「うん……普通、なら」
「つまりよ、うちのお父さんが買っていいよって言う位の範囲なら普通ってことでいいんじゃない? なら余裕余裕。あ、私もヒナと一緒に何か買おうかなー。前からちょっとだけ憧れあったんだよねぇお揃いコーデ」
 だんだんと、ウキウキ楽しそうになるサクヤは本当に女の子らしいと思う。ヒナはまだそれを楽しむ気持ちがよくわからないが、楽しそうなサクヤが見られるならまぁいいかと思えた。
 それに、放課後に友達と買い物は、昔のヒナが憧れたけど、自分には絶対にありえないと思ってたことだ。
 まさかそれが、親元から離れたこんな異国の地で叶うなんてあの頃のヒナには想像もつかない未来だけど、これは現実で。服を買う楽しさはわからないし買い物の楽しさすらまだわからないけど、友達と一緒に居られる時間の楽しさは現在進行形で分かるから、今がとても嬉しいと思う。
「クローゼットってどれくらいのサイズなんだっけ?」
「えっと、これっくらい、かな。あと引き出しがいくつか」
「季節によって着れるものは変わるし夏や冬を別に揃えたとしても、まー普段の着回しとか下着も含めてかなり買わないといっぱいにならないわよそれ」
「だよねぇ」
 クローゼットのだいたいの大きさを両手いっぱい広げて示したヒナに、サクヤが言い、ヒナも同意する。
 現在クローゼット内にかかってるのは1着だけで、それはもうがらんとした状態だ。
 それをいっぱいにするまでには何着必要なのか想像もつかない。果てしない作業に思えてちょっとうなだれるヒナに、サクヤが「まぁ大丈夫でしょ。時間はかかるかもだけど」と笑った。
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