初登校 2

文字数 2,029文字

 他の誰かに話しかけられる前に教師がやってきて、新入生である二人はそこでお決まりの自己紹介を求められた。
 その場で二人席を立って教室の中に向かって話せという。
 どっちからだろうとまず思ったヒナを隣から片手で制して、まずはサクヤが名乗ったのだが。
「サクヤ・バーシャ。父は中央で解析塔の筆頭補佐官してる上級解析士ビャクヤ・バーシャです」
 昨日のヒナに対する自己紹介と違い、いきなり父親の事を言い出した。
 もしかしてこの街でのこういう場所の挨拶ではそれが普通なんだろうか、それを教えるためにサクヤは先に名乗ってくれたのだろうか、と思ったヒナだったが、続いたサクヤの言葉でそうじゃないと知る。
「だから、目をつけられたくなきゃ下手に声かけてこないでください。うちの父は娘命の親バカなので目をつけられたら人生終わりだと思ってね!」
 そこでの内容があまりにあまりだったので、教室は酷くざわついた。サクヤ本人はものすごくにこやかに語り終えたけれど、非常に物騒な内容だ。
 昨日のサクヤとの会話から、一応それは事実なのだろうと思う。
 だけど、この学園に集まっているのが解析士を目指す子どもが殆どだとするなら、上級解析士は一握りしかなれない雲の上の存在。昨日サクヤとの話で聞き及んだ範囲では、多くの特権も持つ上に、ランダム指名らしいが解析士の認可試験にも密接に関わるらしい。
 そんな存在に楯突きたい生徒などいるはずもない。
 つまりこの一言でサクヤはクラスメイト全員に釘を刺したことになる。
 ヒナから見れば彼女はもっと人懐っこい印象があったので、別の意味で驚いた。普通に考えて、自分の親をこういう風に使う子どもにろくな子はいない。初対面でこんな名乗りをされていたら、ヒナだって距離を置きたいと思うだろう。サクヤがそれを知らないはずないし、実際昨日は普通に自己紹介してくれた事を思えば、この発言は異常だ。
 けれどここまで敢えて言うのなら、きっとそこには何か理由がある、のだろう。
 昨日会ったばかりだけど、サクヤは頭がいい少女だ、という認識がヒナの中では出来上がっていたから、この異常にはなんらかの理由があるとしか思えず、ヒナの中で相手への不信感は特に生まれない。
 ただ、これでサクヤ自身が他の生徒からはすごく遠巻きにされることになるのは大丈夫なのかな、と心配はするが。
「次」
 サクヤの発言に最後は静まり返った教室の中、教師に促されて今度はヒナが名乗る。
 さっきのサクヤの発言がなんらかの意図によるものならば、参考になるそれではない。でも事前に誰からも何も言われてないから多分普通に自己紹介していいはずだ、と判断してヒナは言葉を選ぶ。
「ヒナです。出身はカイゼルハイトです……よろしくお願いします」
 こんな場所で自己紹介なんて初めてだ。 
 少し小さい声でおどおどと名乗ったヒナに、今度は別の意味で教室はざわついた。
「どこだよカイゼルハイトって」
「あれ、すごい北のほうにある小さいトコでしょ? 地図のかなーり左の方のさ。後進国だよ」
「え、そんな遠くからわざわざ来ちゃってんの?」
「なんで?」
「そりゃ解析の勉強するためじゃん? 後進国にそういう学校あると思えないし」
 その声が一部聞こえて、これは解析不能者だとここですぐに言わなくて良かったかもしれない、と思った。この上更に解析不能者だと知られれば更にどう言われるかわからない。いや、今隠したところで近いうちにきっと周囲にはバレてしまうのだろうけれど。
 国名だけでざわつかれるのは仕方ない。
 それだけ遠く小さい国だ。そしてダーラは世界有数の大国。ダーラしか知らない生徒から見れば、ヒナなど単に珍しい田舎者にしか見えないだろうから。
 ただ、何故だろう。出身地だけで何かを判断し、劣っている者を見るような目を向けてくる人間は何処にでもいるらしい。出身を知った途端に、カイゼルハイトの首都出身者がヒナたち地方出身者に向けていたような視線を、寄越してきた生徒が何名かいて、ため息をつきそうになった。
 再びざわつく教室内に、突然響いたのは高く鋭い手を叩く音。
「はいストーップ! そこまでー」
 教師ではない。
 音の主であるサクヤは、ヒナを含めて全員の視線を自分に集めたことを確認すると、合わせた手を開いてうっすら笑う。さっきの名乗りの時よりも爽やかに。
「ヒナは普通の子だけど、うちの父の関係の子で、私の大事な友人で、うちの父のみならず管理塔の解析士なら皆、様子を気にしてるのでー、私以上に気をつけた方がいいよ? 泣かしたりした日には塔から誰か飛んでくるよ」
 誰か、と言われた瞬間に一人しか思い浮かばないけれど。
 そんなまさかと思うヒナを置いてけぼりにしてサクヤは話を続ける。
「もちろん、余計な詮索もやめといた方がいいよ? この国で無事に解析士になりたいなら、ね?」
 にいーっこり。
 さっき以上に綺麗な笑顔で締めくくったサクヤに、ヒナすら何も言えなかった。
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