神の手 3

文字数 1,840文字

 今日だけでいろんなことがあった。
 学園に初登校して、普通に過ごして、それで終わる筈だったのに。
 街に出たらあんな空になって、何かされそうになって、レイが現れて。レイが空を元に戻して、入れ替わりのようにケセドが現れて、家に帰ったらサクヤにレイが入ってて、そして今。
 1日で体験するには十分すぎる出来事が並ぶ。
 今までのヒナの生活では考えられない刺激的さだけれど、毎日これでは身がもちそうにない。今日がおかしいだけだろう、と流石に思いたい。
 そういえば、とヒナはケセドに尋ねた。
「あんなことがあった後で、ここにいていいんですか? 塔の方は」
 空のあれはレイが消したけれど、それで全部終わったわけではないだろう。塔が何をしている場所かまだあまり知らないヒナでも、今ここにケセドがいていいのか不安になる。解析塔で一番偉い人だったはずだから……あんなことがあった後で、そばに居てもらえるのは嬉しいが、仕事の邪魔をしたいわけではない。
 彼の負担に、邪魔になりたくはない。
 そんな気持ちで問えば。
「あぁ。必要なことはここでもできるし、正直今はあそこで引きこもりたい気分じゃなくてね」
 言いながらまた仕事を始めたのか、ケセドの前に広がっている解析の表示がざぁっと加速して動き出す。
 そういうものか、問題ないならばいいけれど、と思いつつサクヤの方を見たヒナは、友人が妙な方向に視線を外しているのに気づいて同じ方向を見る。
 そっちには特に何もない。
 壁しかない。
「サクヤ、何かあるの?」
「あー、いや、えっと、あー、そうだ。今日はさすがにもう服は買いに行けないね」
「あ、そうだね」
 そういえばそのつもりだったのだと思い出した。
 さっきまであんな状態だったのだ、今現在、街の服屋が普通に営業しているとは思えないし、仮にどうにか営業していたとしても今からのんきに出かけようとも思えない。
 せっかく初めて友達と買い物をする機会だったのに、と残念に思ったヒナの思考がわかったのか、サクヤは視線をヒナの方に戻して笑う。
 レイが中にいる時とはまったく違う、年頃の少女らしい微笑み。
「明日以降だっていつでも行けるわよ。お店は休日以外は毎日開いてるんだし。明日行こう?」
「うん!」
 また一緒に行ってくれる、その言葉が嬉しくてヒナも笑った。
 そこに声がかかる。
「あー、その件なんだけど」
「なんですかケセド様。実は予算でもあるんです?」
「いや、それは考えなくていいよ。そうじゃなくてね。せっかく家に来たんだし、クローゼット確認していくかい?」
 慣れてきたのか、かなり普段通りの様子で尋ねるサクヤに、仕事中のケセドが視線は向けないままで言う。
 自分の部屋の、あの空っぽのクローゼットを友人に見せる、と言われてヒナはぎくっとした。改めてそう提案されると、何もなさすぎるそれを見せるのが恥ずかしいような気がしてくる。今更とはわかっているが、実際に見られるというのは想像よりも緊張を伴うものだ。
 でも事情を知って協力してくれるサクヤの手前、恥ずかしいなんて個人的な感情論で反対するのも変だし、我儘は言うべきじゃない、けれど。
 とても複雑である。
 そもそも友人という存在に自分の個人的な場所を見せたことのないヒナは、自分が今抱いている感情が、年頃の少女として別段おかしいものでもない羞恥心だと気づかない。
「いいんです? そりゃせっかくここに居ますし、実際の状態見た方が買う数とか考えやすいですけど」
「僕はいいよ。それに、仮に多く買ったとしても家具を増やすだけなんだけどね。あとはヒナが良ければ」
「…………えっと。はい。どうぞ」
 真面目に考えてくれているサクヤを前に、やっぱり恥ずかしいなんて言えなくて、頷くしかない。

 そのまましばらく仕事をするというケセドを残し、サクヤを部屋まで案内したヒナは。
 本当に何も服がないクローゼットを前に呆然とした友人の姿に、やっぱり改めて見られるのは恥ずかしいなと知った。
 ついでに案内した部屋の中自体にも少女らしい私物が少なすぎると指摘され、ヒナの部屋から戻ったサクヤがその場でケセドに「女の子にとっては大事な」家具や雑貨の購入も一緒に提案するのはもう少し後の話。

 二つ返事で了承するケセドに、今でも十分生活はできる状態だし、ただの私物にまであれこれ気を使ってもらう訳にはいかないと慌てるものの、友人も保護者もそんな遠慮なんて気にする性格ではないので、結局二人がかりで押し切られてしまうのだった。
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