神の手 1
文字数 1,779文字
何を言っていいかわからずに困るヒナに、不機嫌なケセドに、ニヤニヤしているサクヤ(レイ)。
微妙な沈黙が生まれる。
誰も何も言っていないけれど、この状況は何だか居心地が悪い。だけどここでヒナが下手なことを言ったら意味もなく怒られそうな感じもする。言うなれば前の家で両親が喧嘩した翌日の朝のような、そんな感じだ。何があったかは分からないけれど気まずい空気が流れている。
心なしかヒナは緊張をしていた。
だが、大人二人はそうではなかったらしい。
静かになった部屋の中、自分の座っている椅子をカタンと鳴らしながら座り直したサクヤ(レイ)が笑ったままで口を開く。
「ごめんねー、ケセドがロリコンなばっかりにこんな面倒なことになっちまってさ」
「誰がロリコンだ! それを言うならお前の方がよっぽど真性だろうが!」
何か聞き咎めたようでケセドが不機嫌に文句を言う。
残念ながらヒナにはその単語の意味すらわからないが、言われたレイも何かひっかかったようでじとっとケセドを見た。ここで初めてレイ(体はサクヤ)が不機嫌な表情を見せる。
「おい待てそれは聞き捨てならんなあいつはロリじゃないたまたまあの姿なだけだ」
「僕も違う! この先大人になろうが変わらない」
「ひゅーひゅー」
「やめろ」
「きゃーすてきー」
「黙れ」
…………気のせいだろうか。
言い合いは途中から明らかに空気を変えた。仲が良さそうには見えないが、さっきまでの気まずい空気は消えている。
今自分の目の前にいるのは、解析士の中ですごく偉い人(ケセド)と、一番偉い人のすごい配下(レイ)で、つまりどっちもとても偉い大人だと思う、のに。今、二人が会話しているのを聞いていると、そんな風に聞こえない。あえて例えるなら学校の教室の隅でたむろっている男子の会話、のような。
すごく意味がなく緩い空気に変わっている。
それがヒナを気遣ってわざとしてくれているのか、真面目にやっているのかはわかりかねる。
そんな会話をしていた二人だが、サクヤ(の中にいるレイ)が突然ヒナの方を見た。
「ヒナちゃんはアレだな。大事にされ慣れてないんだな」
「それは……」
いきなりの断定。
でも、否定できない。
ここに来る前、両親といた頃にそんな相手はどこにもいなかった。たまに優しい声をかけられても、それは大事にされているんじゃなく単なる同情で、相手はヒナのことを気遣っているんじゃなく、見るからに可哀想な子を気遣う自分の姿に浸っている人ばかりだった。だから相手はヒナに「可哀想な子供でいること」を求めてて、可哀想な状態からどうにかしてあげよう、大事にしようなんて人は誰もいなかった。
大事にされたことなんて、何も思い出せない。
覚えてないだけかもしれないけれど。
だから、それがどういうことなのか今のヒナにはまだよくわからない。一番近いのは、この街に来てからのケセドなのかもしれない、と思うけど、それが単なる過信や思い過ごしだったら怖いから、断定出来ないでいる。
微妙な表情をするしかないヒナに、友人の姿をしたその相手は静かに笑った。
「まぁ、大丈夫さ。まだ知らないだけだ。未来で、今を思い出したらきっと、今わからないこともわかるようになってるだろうさ」
「そうでしょうか」
サクヤ(レイ)のこの言葉の意味も、未来にはわかるのだろうか。
思い出した時、あぁ本当だったなと思う日が来るんだろうか。
「あぁ大丈夫。ヒナちゃんの今までは知らないけど。大丈夫だよ」
「そう、なんですね」
漠然とした保証の言葉は、その場しのぎのそれによく似ていたけれど、あまりにもまっすぐに向けられた視線が、何もしのごうとしていなくて。恐らくサクヤ(レイ)は真面目にそう言っているのだろう、と感じた。
でも、今のヒナにはそれを素直に受け入れる理由も根拠も何もなくて。
だから返事の代わり、曖昧に頷いたヒナは、ずっと片手に触れていた温かい手が離れて頭を撫でたのに気づいて隣を見上げる。まだ不機嫌そうな顔をしているケセドが、ヒナの方を見ないままでぐりぐりと頭を撫でていた。そのちょっと乱暴な動きがなぜか心地いい。
そういえば両親にこんな風に頭を撫でられたことはあっただろうか? 思い出せない。
ただ、この手が好きだな、と思う。
こうしていていいのならば、ずっとこのままで居たいと思うくらいには。
微妙な沈黙が生まれる。
誰も何も言っていないけれど、この状況は何だか居心地が悪い。だけどここでヒナが下手なことを言ったら意味もなく怒られそうな感じもする。言うなれば前の家で両親が喧嘩した翌日の朝のような、そんな感じだ。何があったかは分からないけれど気まずい空気が流れている。
心なしかヒナは緊張をしていた。
だが、大人二人はそうではなかったらしい。
静かになった部屋の中、自分の座っている椅子をカタンと鳴らしながら座り直したサクヤ(レイ)が笑ったままで口を開く。
「ごめんねー、ケセドがロリコンなばっかりにこんな面倒なことになっちまってさ」
「誰がロリコンだ! それを言うならお前の方がよっぽど真性だろうが!」
何か聞き咎めたようでケセドが不機嫌に文句を言う。
残念ながらヒナにはその単語の意味すらわからないが、言われたレイも何かひっかかったようでじとっとケセドを見た。ここで初めてレイ(体はサクヤ)が不機嫌な表情を見せる。
「おい待てそれは聞き捨てならんなあいつはロリじゃないたまたまあの姿なだけだ」
「僕も違う! この先大人になろうが変わらない」
「ひゅーひゅー」
「やめろ」
「きゃーすてきー」
「黙れ」
…………気のせいだろうか。
言い合いは途中から明らかに空気を変えた。仲が良さそうには見えないが、さっきまでの気まずい空気は消えている。
今自分の目の前にいるのは、解析士の中ですごく偉い人(ケセド)と、一番偉い人のすごい配下(レイ)で、つまりどっちもとても偉い大人だと思う、のに。今、二人が会話しているのを聞いていると、そんな風に聞こえない。あえて例えるなら学校の教室の隅でたむろっている男子の会話、のような。
すごく意味がなく緩い空気に変わっている。
それがヒナを気遣ってわざとしてくれているのか、真面目にやっているのかはわかりかねる。
そんな会話をしていた二人だが、サクヤ(の中にいるレイ)が突然ヒナの方を見た。
「ヒナちゃんはアレだな。大事にされ慣れてないんだな」
「それは……」
いきなりの断定。
でも、否定できない。
ここに来る前、両親といた頃にそんな相手はどこにもいなかった。たまに優しい声をかけられても、それは大事にされているんじゃなく単なる同情で、相手はヒナのことを気遣っているんじゃなく、見るからに可哀想な子を気遣う自分の姿に浸っている人ばかりだった。だから相手はヒナに「可哀想な子供でいること」を求めてて、可哀想な状態からどうにかしてあげよう、大事にしようなんて人は誰もいなかった。
大事にされたことなんて、何も思い出せない。
覚えてないだけかもしれないけれど。
だから、それがどういうことなのか今のヒナにはまだよくわからない。一番近いのは、この街に来てからのケセドなのかもしれない、と思うけど、それが単なる過信や思い過ごしだったら怖いから、断定出来ないでいる。
微妙な表情をするしかないヒナに、友人の姿をしたその相手は静かに笑った。
「まぁ、大丈夫さ。まだ知らないだけだ。未来で、今を思い出したらきっと、今わからないこともわかるようになってるだろうさ」
「そうでしょうか」
サクヤ(レイ)のこの言葉の意味も、未来にはわかるのだろうか。
思い出した時、あぁ本当だったなと思う日が来るんだろうか。
「あぁ大丈夫。ヒナちゃんの今までは知らないけど。大丈夫だよ」
「そう、なんですね」
漠然とした保証の言葉は、その場しのぎのそれによく似ていたけれど、あまりにもまっすぐに向けられた視線が、何もしのごうとしていなくて。恐らくサクヤ(レイ)は真面目にそう言っているのだろう、と感じた。
でも、今のヒナにはそれを素直に受け入れる理由も根拠も何もなくて。
だから返事の代わり、曖昧に頷いたヒナは、ずっと片手に触れていた温かい手が離れて頭を撫でたのに気づいて隣を見上げる。まだ不機嫌そうな顔をしているケセドが、ヒナの方を見ないままでぐりぐりと頭を撫でていた。そのちょっと乱暴な動きがなぜか心地いい。
そういえば両親にこんな風に頭を撫でられたことはあっただろうか? 思い出せない。
ただ、この手が好きだな、と思う。
こうしていていいのならば、ずっとこのままで居たいと思うくらいには。