学園入学 1

文字数 1,375文字

 世界には色んな職があるけれど、この世界で最も有名で権威もある職の一つといえば解析士になるだろう。
 この世界を解析し、それを元に世界へと介入し、様々な現象を発生させる彼らは、人だけでは不可能な行為も難なく実行してしまう。処理を実行する際には己自身を使用する分、各々の持つ技量や容量の差はあり人によって可能なことは異なるけれど、それでも試験などを通って公に解析士と名乗れるようになった者は、ほぼ例外なく恐ろしい力量の持ち主である。
 名乗れるようになるかはともかく、基礎学習も兼ねて多くの子どもたちはまず学校で解析士に関する勉強をするので、一般市民でも解析士のことを知っている。
 学んでも、実際の解析士に会う機会はあまりないのだが。
 解析士にまではなれなくとも、この世界のほとんどの人間は解析の力を持っている。それは目が見えたり耳が聞こえたりするのと同じように、何か問題がない限りは生まれつき持っている力。
 ほとんどの人間は解析ができる。
 それがこの世界だ。
 もちろん、絶対ではない。稀に解析の力を持っていないものも生まれる。
「本当に全然できないんだねぇ、ヒナ」
「…………だからそう言ったよ」
「いや、さすがに自分の目で見ないとすぐには納得がねぇ」
 できたばかりの友人の言葉に、ため息をつきつつもヒナはそれ以上文句を言う気にもなれなかった。
 ごく簡単な構成式の構築すらできない。
 もちろん展開なんてもってのほかだ。
 そもそもどうやって解析を行うのかすらヒナにはわからない。その感覚が自分の中に一切存在しないのだ。そんなヒナが解析をしようとするのは、例えるなら、手の感覚が全くないのに手で絵を描こうとするような行為である。何の意味もなさず、何も起こらない。手が動くことすらない。
 でも、この世界では解析は生まれつき当然にできることだ。ほとんどの人が生まれつき手を動かせるように。
 上手い下手、早い遅いの前後はあっても、およそ誰もが可能なもの。
 それをできない、と言われてもにわかに信じられないのは仕方無いだろう。むしろからかう気もなく真剣に興味を持って確認してくれるだけ、この子は悪い子じゃないのだと思う。
 故郷の町の嫌な人間の多くは、虐めるためだけにその話をヒナに振ってきたものだ。
 それとこの友人、サクヤが違うというのは、ヒナの実演を前にして真剣に考え込んでいる様子からヒナだってわかる。
「最初から全部無理なの? 構造を読み取ることもできない?」
「うん」
「そっか……それは仕方ないね」
 納得したようにサクヤは頷いた。
 その顔には軽蔑とか拒絶とかそういう悪い感情は一切見えなくて、久々にできた新しい友人を早々になくすようなことにならなかったという事実にヒナはひどく安心してしまった。
 サクヤは、ただ事実を受け止めてくれた、それだけで。
 生まれ育った街から遠く離れたこの街でまで、あの頃のような……解析不能という欠点のみで自分の存在全部を否定されるような、そんな目に遭いたくはなかったから。サクヤの反応によって、いい意味でヒナの覚悟を覆された。
 今後出会う全員がサクヤのように受け止めてくれるなんて甘いことは考えていない。
 けれど少なくとも誰か一人だけにでもこうやって受け入れられることが、とても嬉しかった。
 それだけでもここに来て良かった、とヒナは思えた。
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