学園入学 3

文字数 1,395文字

 手続きが終わったサクヤが「ちょっとどこかに寄っていこう」と言った時、まず最初にヒナが思ったのは「そんなことをしておじさんに怒られないか」ということだった。まだ会って一晩一緒にいただけでどういう人なのかわからない。何をしたら怒るのか、あるいは怒られないのか、そういう線引きが一切わからないから怖かった。
 実の両親を基準で考えれば、よその誰かと一緒に寄り道するだけで怒られる。
 勝手にはもちろん、確認すら「わかりきってることをきいてくるな」と怒られるから、いつしか出来なくなった。
 でも両親じゃない、違う人だ。一応聞いてみようと、恐る恐る、ヒナは連絡用に持たされた端末を起動する。まだ慣れない操作をそろそろとしたら、呼び出し中になってホッとする。
 呼び出しのちょっとの間の後、おじさんの声が聞こえた。
「どうしたの? 何かあったかい?」
「あの、手続きは問題なく終わりました。その……」
「うん?」
 言い淀んだヒナを、端末越しの優しい声が促す。
「女子の、お友達が、できて。少し寄り道をしていかないか、と誘われまして。それで、その」
 怒られるだろうか、とドキドキしながら話すヒナに、端末の向こうからは小さい沈黙。やっぱりダメだったか、とすぐに諦めたヒナに、端末からまた優しい声がした。
「良いと思うよ。遅くならないように帰ってきなさい。後、帰り道で迷子になったらすぐ連絡するように」
「ありがとうございます!」
 迎えに行くから、という声がやっぱり優しくて、前の家では考えられない言葉もあってヒナは泣きそうになる。
 怒られないというそれだけで、信じられないような出来事だ。
「買い物をするならその端末を使ってね。使い方は……」
「あのっすいません! 私、サクヤ・バーシャって言います。ヒナと同じ今日入学したんです。使い方は私が知ってるので大丈夫です! 上限はあります? 後、認証は大丈夫ですか? なんなら私全部払うんで大丈夫です」
 ずっと横で端末越しの会話を聞いていたサクヤが突然ヒナの端末に話しかけた。ただ、その内容はヒナにはよくわからない。この世界では端末を持っているのは珍しくないけれど、ヒナはそれを持たせてもらったことが一度もなかったので、それで何ができるのかとか実はよくわかっていなかった。
 端末の向こう側で、ちょっと沈黙を挟んだ後に返事がある。
「バーシャ、というとビャクヤ上級解析士の?」
「娘です!」
「そうか。ヒナをよろしく頼みます。ヒナの端末は好きに使って構わないよ。上限はないし認証はリアタイで僕が通すから気にしなくていい。もしよければ店での支払い方とか教えてあげてほしい。僕ができればいいんだけど、中々時間が取れなくてね」
「了解です。あの、父をご存知のようですが、あなたのお名前は……」
「ケセド。お父さんによろしく。じゃあヒナ、何かあったらすぐ連絡しなさい」
「はい」
 ヒナの返事を最後に、端末の通信が切れる。
 それをカバンにしまってから隣を見たヒナはビクッとした。途中おじさんと会話していたサクヤが、無言のままその場でピョンピョンと飛び跳ねている。動きの意味はわからないけれど、その顔は紅潮していて明らかに嬉しそうだ。
「サクヤ?」
「ごめんヒナちょっと待ってて〜」
 返事はしてくれるけれど、まだヒナと会話する余裕はないらしい。
 興奮したサクヤが落ち着くまで、そのまましばらく見守るしかなかった。
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