神の手 2

文字数 1,915文字

「それで、いつまでそうしてるつもりなの」
 ケセドがむっすりとした顔のままで言う。
 そうしてる、とはサクヤの中にいる状態のことだろう。
 言われたサクヤ(レイ)の方は片手をひらひらと振った。袖の長い服を着ていた本当の姿の時も、何度か同じような仕草をしていた気がする。制服を着ているサクヤの手は見えているが。
「用が終わったら引っ込むって。しばらくサクヤちゃん借りるにあたって、その辺お前に配慮してもらおうかなーってな」
「自分でどうにでもできるでしょ」
「やろうと思えばそりゃな。ただサクヤちゃんの今の処理能力と容量じゃそれを入れるとちょーっと負荷が高くなるし、俺が別途にやるとしても、お前いちいち塔のセキュリティ俺に破られまくったり勝手に変えられたり上書きされたりするんだけど、いいのか?」
「…………はぁ」
 レイの言葉に深々とした息を吐いて、ケセドが空いている方の、つまりヒナの頭を撫でていない、ずっと仕事をしている方の手を伸ばす。大丈夫なのかと視線を向けたら、仕事の方は止まったままで動いていない。
 その手の指先がサクヤをさして、一瞬解析が伸びるのが見えた。
 サクヤの額に触れ、消える。
「したよ」
「あいよー。必要なくなったら言うからしばらく我慢しろよ」
「その判断するのは誰です」
「あいつに決まってんだろ」
 あいつ、という時に一瞬優しくなる目に、レイにとってのその存在の大きさが垣間見える。
 話の流れからして一人しか思い浮かばない。

 アイン・ソフ・オウル。
 解析士の頂点だという存在。

 どんな見た目のどんな人なのか、ヒナには想像もつかない存在だけど、レイがここまで大事そうに語るのならきっととても素敵な人なのだろう。
 そしてケセドの方も、レイに対しての嫌悪は全く隠そうとしていないけれど、アイン・ソフ・オウルに対しては特に嫌な感情は持っていなさそうだった。それどころかその存在を語る時には信頼感のようなものすら感じられる。セフィラの上に立つらしい人だから、当然なのかもしれないけれど。
「俺とあいつは常に繋がっている。あいつが神の端末なら俺はあいつの端末だ。ただの神の手にできることなんてちょっとした子守くらいのもんさ」
 そんなことを言いつつ笑うこの存在が、さっきヒナたちを助けて、あの空を消したのだが。
 ちょっとした子守、なんて謙遜を言うには、あまりに彼は凄すぎると思う。が、どうやらサクヤ(レイ)の方は本気でそう思っているように見える。
「それで子どもの学園生活に混ざるんですね。ご苦労なことに」
「何言ってんだ。あいつにとっちゃセフィラ全員子どものようなもんだぞ」
 ピシ、っと指先で示しつつ、つまりお前も子守の対象、と言われてケセドが閉口する。
 それを見てまた笑ったサクヤ(レイ)は、ヒナの方を見てウインクした。その体が、女の子として非常に可愛い部類に入る友人のせいで、その仕草も可愛いとしか思えないのだけど。
「んじゃ。何かあったら出てくるからよろしくな。ヒナちゃんから呼ばれることは無さそうだけど、呼ばれても出てくる保証もないから期待しないでくれ」
「は、はい」
 ヒナが頷いたところでサクヤが瞬きをする。
 浮かんでいた笑顔が消えて、じっと変化を見守るヒナとケセドの目の前、表情を変えたサクヤがゆっくりと自分の両手を目の前に軽く上げてじっと眺める。
「サクヤ?」
 何も言わない友人に恐る恐るヒナは声をかけてみたら、パッとサクヤの表情が明るくなる。目をキラキラさせてサクヤは早口で喋り出した。
「おおおお、私戻ってるぅ! こんな感じなのねー、へー! おもしろーい!」
「大丈夫?」
「大丈夫大丈夫。むしろレイさんが中を勝手に整理してったせいでさ、いつもより解析の感覚が快適なくらいだよ」
「そうなんだ」
 妙に楽しそうに話すサクヤは無理している様子もなくとても元気で、レイに身体を使われていたことにも特に不満を感じている様子はなかった。サクヤから許可を取っているのは本当らしい。楽しそうな様子からして、使われた後にも、何もサクヤの中に問題は起こっていないようだ。
 サクヤがいいならいいか、とホッとして隣を見たヒナは、ケセドの表情が普段のそれに戻っていることにもまたホッとしてしまった。中にいるレイがいなくなったからだろう、その横顔から不機嫌さはもうどこにも見えない。
 あの怖い顔よりはこっちの方がずっといい。
 どんなに普通に会話してたって、やっぱりあの表情は苦手だ。見ているだけで不安になるから。
 ヒナの視線に気づいたケセドがヒナの方を見て、苦笑する。
「どうかした?」
「いえ、何も」
 尋ねられて、気持ちをうまく言える自信がないからヒナは笑って誤魔化した。
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