第四章-27

文字数 919文字

       27

 自らのゴールを見届けた桐畑は、感情を爆発させた。くるりと反対側を向き、心のままに吠えながら自陣へと大股で歩いていく。
 顔全体が喜色のエドが全速力で走り込んできた。二歩ほどの距離から、桐畑を目掛けてジャンプする。
 桐畑は慌てて両手を広げた。エドの軽い身体を受け止めて、後ろによろける。
 数秒の後に、ぱんっと背中に衝撃がきた。エドを持ったまま桐畑は振り向いた。
 ブラムが笑みとともに、労うような瞳で桐畑を見詰めていた。桐畑は、負けない大きな笑顔をブラムに返す。
 他の選手も何人か集まってきていた。桐畑を囲む輪の切れ目では、ぼろぼろの遥香がよろよろと立ち上がり、穏やかな微笑を見せている。
(よっしゃぁ! とうとうやってやったぜ! 天下分け目の土壇場での、ジダンも真っ青のマルセイユ・ルーレット! からの、俺史上最高のファンタスティック・ゴールだ! 完璧超人のギディオンを、かくも鮮やかに抜き去ってやった! 今の俺にゃあ、誰一人として追随できねえよ!)
 興奮が冷めやらぬ桐畑は、センター・ラインを越えた。選手たちは初めのポジションに戻り、ゲームが再開される。
 まもなくして試合終了を告げるホイッスルが鳴った。ベンチに目を遣ると、起立したダンが猛々しい顔付きで叫んでいた。控えの選手も、ダンに劣らぬ勢いで喜んでいる。
 センターでの整列、ベンチへの一礼の後に、両チームの選手は握手を交わす。一列になったウェブスターのメンバーは、一様に憮然とした面持ちだった。
 桐畑とヴィクターの握手の番になった。怒りすら見える難しい顔のヴィクターは、桐畑の手に軽く触れるだけだった。
 桐畑はぎっとヴィクターを睨み、潰すぎりぎりの力でヴィクターの手を握った。遥香への暴挙への、せめてもの仕返しだった。
 ヴィクターは相手にはせず、次へと移った。握手は何事もなく終わり、桐畑たちはベンチに戻っていく。
 桐畑はなんとなく、観客席に顔を向けた。だが、視界に入った物の衝撃に立ち止まり、大きく目を見張る。
 少し高くなった観客席の下には、古びたボールが転がっていた。桐畑たちのタイム・スリップの切っ掛けとなった、フットボール発祥時の革のサッカー・ボールだった。
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