終章-2

文字数 1,163文字

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 瑛士の運転で、私たちは由衣香たちの練習試合がある森林公園へと出掛けた。木々の間の道路を抜けて、一角にあるグラウンドに向かう。道の脇にはジョギングやウォーキングをする人の姿があり、平和だなぁと強く感じた。
 駐車場に車を駐めて、グラウンドへと歩き始める。瑛士の肩にはクーラーボックスなどが掛かっており、見るからに大荷物だった。
 私は毎度「少しは持つよ」と申し出るけど、「鈍った身体の筋トレ代わりだ」とか、何だかんだ理由をつけてずっと断られていた。思いやりを感じて嬉しくはあるけれど、やっぱり少し申し訳ない。
 コートに辿り着き、私たちはネットフェンスへ向かう階段を下りていった。瑛士が通行用のドアを開くと、「おっ、化け物おっちゃん!」「今日も来てくれたんすね!」と、練習着姿の男子小学生が、喜色満面で騒ぎ始めた。
 あのタイム・スリップの後、瑛士はサッカー部に復帰した。一度辞めた罰としてDチーム(四軍)からの再スタートだったけど、わずか一週間でCチームに昇格した。
 C昇格後も快進撃は続き、高一の終わりにはBに、高二の秋にはAに上がった。高校最後の選手権大会では、全試合に先発出場。準決勝まで苦戦しつつも勝ち進んだけど、決勝の相手が悪かった。
 決勝戦、センターバックの瑛士のマーク相手は、後に日本人で初めてマンチェスターシティのトップチームに所属する天才、佐久間選手だった。瑛士はどうにか押さえ込もうとしたけど、才能の差は歴然。瑛士は何度も抜かれてハットトリックを食らい、龍神高校は一対四で敗北した。
 試合後のインタビューで、瑛士は男泣きしながら、「何すかあいつ、化け物でしょ、化け物にも程があるっての」と喚いた。その姿が話題になって、瑛士は今やサッカー少年の間で、「佐久間に完敗して化け物化け物言った人」だった。
 結局瑛士はどのクラブからもオファーがなく、大学に進学した。サッカーは続けたけどプロにはなれず、大学卒業後に物流会社に就職した。
 ただ瑛士は、自分の進んできた道を後悔してはいない様子だった。今でも時々由衣香たちに、自分の選手時代の武勇伝を誇らしげに語っている。
 高校以降、私と瑛士は進路が分かれたけど、月に一、二度集まって例のボールでブラムたちと交流を続けた。
 その後、ブラムは本物のアルマと、エドは白人の女性と結婚した。結婚式の日、喜びと家庭を持つ責任意識とで、二人はとてもいい顔をしていた。
 私は自らの二十八歳の誕生日、祝いに来た瑛士から「結婚しよう」と真剣な調子で告げられた。私は少しの逡巡の後、プロポーズを受けた。
 それまで明確に恋人同士だった訳ではないけど、瑛士の強さと真っ直ぐさは、既に充分理解していた。瑛士となら、やっていける。強固な確信が私にはあり、今でもそれは少しも変わらなかった。
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