第四章-28

文字数 501文字

       28

 息を飲む桐畑は振り返り、「朝波」と、背後の遥香に小声で話し掛けた。遥香はゆったり歩きながら、鷹揚に笑い掛けてくる。
「大丈夫。君の望むタイミングで、触ってくれたら良いよ。心の準備は、とっくにできてるからさ」
 遥香の口振りは優しいが、諦観を滲ませていた。一呼吸を置いた桐畑は、静かに口を開く。
「サンキュな。でもその前に、仲間に挨拶をする。突然ふっと消えられたら、みんな困るだろうし」
「わかったよ。一ヶ月強、どうもありがとう。なかなか愉快で学ぶことの多い、有意義な時間だったよ。できたら日本にいる間に、知り合ってたかったな」
「俺もだよ。心の底から、良い一ヶ月だったって感じてる。サッカーの取り組み方とか自分の人生とか。色々考えて、精神的にがっつり成長できた」
 思いの丈を明確に口にすると、遥香はわずかに笑みを大きくした。
「なら、選手生命に関わる危険を冒した甲斐があったかな。当然、日本ではサッカー部に戻るよね。頑張ってね。私は、君との痛快で色鮮やかな思い出を胸に、この時代で強く生きていくからさ」
 小さく頷いた桐畑は、向き直った。ベンチの前では、ホワイトフォードの面々が集合し始めていた。
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