第二章-14

文字数 1,684文字

       14

 桐畑の得点後、2番は、外に出たボールを凄いスピードで取りに行った。手でボールを拾い上げると、大きなパント・キックでコートに戻す。
 キック・オフ後、イートン校はすぐにボールを前へと運んだ。だが、トラップ・ミスによりボールがラインを割ったところで、試合終了を告げる笛が鳴った。
 天を仰いだ桐畑は、ふうっと息を吐く。
(完勝とは口が裂けても言えんが、どーにか勝ったか。ほんっと、きつい試合だったぜ。でももうちょい、2番とやってたい気もすんな。新境地っつうか、新しい何かが見えて来そうだしよ)
 コートの中央での挨拶の後、両チームはタッチ・ライン上に並び、一礼をした。ベンチにいる者や多くはない一般の観客から、しめやかな拍手が巻き起こる。
 やがて、拍手が鳴り止んだ。会員たちとダンはベンチを辞して、グラウンドの淵の木陰へと移動した。時間が経つに連れて、運動で熱くなった桐畑の頭は冷えていく。
(本職じゃない奴が、ぶっつけ本番でディフェンスに転向。テンションのままに押し通しちまったが、かなり無茶だったよな。勝ったから良いものの。……俺、やっちまったかな)
 輪になった会員たちは、立ったままダンの話を聞き始める。
「よくやった。試合に出場する、しないに拘わらず、各人がそれぞれの責務を全うした、見事な勝利だった。フットボールの技術の向上だけでなく様々な面で、皆、得るものは多かっただろう」
 立位のダンは、ゆったりとした深い声音で称賛した。目を見開いた顔付きから、桐畑は大きな充足感を読み取った。
(俺の自己主張へのお咎めはなしか。ほんと、寛容な人だよな。現代でも名監督になれんじゃねえか)
「試合の詳細については、後で述べる。全員でクール・ダウンを行い、終わればまた集合しろ」
 ダンが、言葉を切った。
「「はい(Yes sir)」」と、ぴしっと声を合わせた会員たちは、ゆっくりとコートの中へと向かう。隣のベンチからは、しゃくり上げるような声が聞こえてきていた。
 会員たちは歩きながら、真剣な様子で話し込んでいた。地面に指で絵を描き、フットボールに関係する説明をする者もいる。はしゃぐ人はいないが、皆、一様に顔付きは明るかった。
 一人、歩を進める桐畑は、2番との手合わせを思い起こしていた。すると、「桐畑君」と囁くような声がする。
 振り向くと、口を優しく引き結んだ遥香が、麗しい瞳で桐畑を見詰めていた。
「ナイス・プレーだったね。敵のキー・パーソンを完封した上で、ここぞのオーバー・ラップからのヘディング・シュート。今日の殊勲賞は、間違いなく君だよ」
 混じり気のない賛辞にこそばゆい思いの桐畑は、軽く視線を外して即座に突っ込む。
「ってか朝波。出会ったばっかとキャラのずれが激しいぜ? 俺はもっとこう、上から目線で斜に構えてて、歯に衣着せずにがんがん突っ込んでくる奴だと思ってたんだけど」
(うっわ。我ながら、ガキっぽい照れ隠しだぜ)
 口を閉じた瞬間に、桐畑は後悔した。遥香がむっと、いたずらっぽく眉を顰める。
「言いたい放題だね。私はそんな、捻じれてないよ。いつでも、思ったままを口にするだけだからさ」
 言葉こそ攻撃的だが、桐畑の照れを感じているのか、口調は緩やかだった。
「でも正直、楽しかったがな。血沸き肉躍るデッド・ヒートって感じで。やっぱサッカーって、生きるって素晴らしいよな」
「飛躍し過ぎでしょ。まあ、わからないでもないし、君らしいけどさ。なんてったって、『ざっくばらんな明け透け男子』だからね」
 胸の内を率直に語った桐畑に、小さく微笑む遥香が軽やかに皮肉った。
「尻尾を出したな、朝波よ。やっぱ明け透けって、馬鹿にする気が満々の表現なんじゃねえか。あと、『君らしい』って、なんだよ。俺、知り合って二週間の奴に完全に理解されるほど、底の浅い男じゃないっつの」
 桐畑が声高に喚くと、「失礼な発言の仕返しだよ」と、遥香は力強く戯けてきた。
 遥香を見返しながら、桐畑は、心の中だけで満足に呟く。
(朝波の怪我で奮起して、俺、ちったあマシになれたよな。なんだかんだあったが、この時代に来られて良かった)
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