第四章-22

文字数 886文字

       22

 すでに引いていた遥香は、再びヴィクターと対峙する。手強い敵を封殺するため、ずっと必死で集中力を持続させていた。
 ヴィクターは、右足で浮かせて遥香の左に持ち出した。遥香は、とっさの斜め走りで追う。遅れは取っていなかった。
 突然にヴィクターのドリブルが大きくなった。
(取れる!)
 遥香は身体を後ろに倒し、右足でスライディング・タックル。ボールを踵で捉える。だが、事件は起こった。
 奪われた後も、ヴィクターは走りを止めなかった。上がった右足が、狙い澄ましたかのように遥香の足に振り下ろされる。
 踏まれた瞬間、足首からぐにりと音がした。まもなく鈍い痛みが来て、遥香は思わず叫んだ。
「アルマ!」ブラムの痛々しい大音声も、どこか別の世界からのものに感じる。
(ノー・ファールだ。立って追わなきゃ)
 焦りがすぐに生じるが、とっさに身体は動かない。
 遥香は俯せになり、自ゴールに目を遣る。4番がドリブルを引き継いだ様子で、ヴィクターはボールより手前のそう遠くない所を走っていた。
 4番が、ペナルティー・エリアの角でシュートを撃った。飛び込んだキーパーが、両手に当てた。外へと転がるボールを覆い被さって押さえる。
 遥香は、手を突いて立ち上がった。すると近くのチーム・メイトが、気遣わしげな面持ちとともに走り寄ってきた。
「大丈夫。なんとなく叫んじゃったけど、そこまで痛くはない。今後のプレーにも支障はないよ」
 余裕をめいっぱい含ませた笑顔を作って、遥香は穏やかに言葉を発した。納得の行かなさそうなチーム・メイトも、だんだんと各々の定位置へと戻っていく。
(さっきのスタンピング、足の動かし方から何から、どう考えてもわざとだよね。駅で踏まれかけた所と同じ箇所って点も、悪意を感じる。
 ラフ・プレーは頂けないな。勝ってる時の時間稼ぎとか、バレたらシミュレーションの反則を貰う転倒とか。みんながやってるマリーシアなら、私もするけどさ。まあ、でも、五十歩百歩かな)
 シニカルな思考を切り上げた遥香は、大きく深呼吸をした。清濁を併せ呑む難敵に食らいつくべく、さらに試合へと没入していく。
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