第一章-11

文字数 928文字

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 体操を終えた会員は、ボールを使った練習に移った。しばらく続けているとダンが、「集合」と声を張り上げた。
 紅白戦をすると宣言したダンは、チーム分けを読み上げていった。
 両チームとも、サッカーの発祥時期に一世を風靡した2―3―5のシステムだった。キーパーを含めると、綺麗な逆三角形となるフォーメーションである。
 同じチームAのフォワードの桐畑と遥香は隣り合ってコートへと歩いていく。
「にしても、あのゴールには違和感、バリバリだよな。手作り感も半端ねーし」
 コートの奥のフットボール・ゴールを見つつ、桐畑は、しみじみと感慨を口にした。
 ゴールは、高く聳える二本のポールの間の二mほどの高さの位置に、テープが張られた構造だった。
 遥香は、透明感のある小さめの声ですらすらと説明を続ける。
「百年以上も昔だもん。当然、色んな点で違いはあるよね」
「マジかよ。聞き齧っちゃあいたけど、そこまでルールが違ったなんてな」
「うん、あとね。オフサイドも、現代とは違うの。後ろからのパスを受ける時は、キーパーも含めて、相手の選手が自分より前に三人以上いないとアウト。思考回路を、切り替える必要があるよね」
「切り替える」の一言にぴんときた桐畑は、希望を籠めた視線を遥香に遣った。
「話は変わるけどよ。俺ら二人で現代サッカーの戦術を会員に教えたら、楽々、優勝できたりしないかな? ほら、映画でよくあんじゃん。古代文明の指導者に、発達した技術を伝える宇宙人って設定。ああいうイメージだよ」
郷に入りては郷に従え(Do as the Romans do)だよ、桐畑君。二十一世紀のパス・サッカーだけど、十九世紀のイギリス人に合ってるかとか、オフサイド・ルールに抵触しないかとか、色々、課題がある。しばらく様子を見ていきましょう」
 抑制の利いた声の遥香は、立ち止まった。桐畑が振り返ると、身体の後ろで足首を持ち、腿のストレッチをしていた。
「桐畑君。私、けっこう楽しみでもあるんだよ。だって、十九世紀のイギリスにサッカー留学なんて、だーれもできない経験でしょ? 自分の殻を破る、またとないチャンスだよ」
 遥香の声音に、力強さがブレンドされる。コートの中央に向ける顔には、普段の飄々とした雰囲気はない。ただ、明瞭な意志だけがあった。
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