第二章-4

文字数 976文字

       4

 その日の一限目の地理の授業では、桐畑と遥香は別だった。成績優秀なアルマは、地理は飛び級で上の学級に所属していた。
 理解不能な地理の講義を聞き終えた桐畑は、二限目、今日の最後の授業がある美術教室へと入った。
 雰囲気は、他の教室と近かった。ただ、部屋の四辺には本棚があり、芸術に関する様々な本が並んでいた。本棚の上には、古風な額縁や白色の石膏像が所狭しと置かれていた。
 キャンバスを載せた二十個ほどの画架が円を成しており、その後ろには椅子があった。桐畑は、すでに来ていた遥香の隣に座った。美術の科目においては、同学年は同じ学級だった。
 数秒の後に、教師が扉を開いた。赤茶色のベストに黄土色のスーツ、黒の山高帽を身に着けた、壮年の男性だった。
 すぐに授業は始まり、生徒たちはこれまで描いてきた油絵の自画像の続きに取り掛かった。
 他の生徒が筆を動かし始める中、桐畑は自分のキャンバスを注視する。
 自画像は首の少し下までで、油彩での下書きがほぼ終わっていた。上手く描こうとする意思は読み取れるが、全体的にのっぺりとしていて、素人に毛が生えた程度の腕な印象だった。
(ケントよ、お前、かなーりがさつだろ。心理学者じゃなくても、絵の描きっぷりからバレバレだぜ)
 予想を付けた桐畑は、何気なく隣の遥香のキャンバスに視線を移した。
 キャンバスの中では、油彩のアルマが淑やかに微笑んでいた。全体的に緻密でタッチは柔らかく、素人目にも上手だった。何よりも、作者の落ち着いた気品が伝わってきた。
(美術の授業は朝波も初めてだし、この自画像は、本物アルマの作ってわけか。演技してる時の朝波以上に、知的な感じだぜ。
 朝波も教養はあるけど、運動選手なだけあってエネルギッシュだし、アルマは方向性が違う気がすんな。アルマのが慎ましいつぅかか、女の子らしいつぅか)
 向き直った桐畑は、自分の絵に取り掛かろうとした。すると視界の端で、遥香の絵の具が画架から落ちた。
 すっと拾い上げた桐畑は、「朝波」と、遥香の顔に目を遣った。
 しかし遥香は気付く様子もなく、考え込むかのような真顔で、アルマの自画像を見詰めていた。
(どうしたよ、朝波。そんな神妙な顔してよ)
 遥香のただならぬ様子に戸惑う桐畑は、心の中だけで問い掛けた。不安に近いもやもやした感情が、桐畑の中で芽生え始めていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み