第103話 信也くんへ
文字数 2,358文字
「おはよう、信也くん」
11月4日。三連休の最終日。
目覚めると目の前に、早希の笑顔があった。
いつもと変わらない、幸せな目覚め。
「……ずっと見てたのか?」
「うん。今日も寝顔、可愛かったよ」
「おいで」
両手を広げると、早希は信也の胸に顔をうずめた。
「……信也くんの匂い」
「早希の匂い……」
「おはよう、信也くん」
「おはよう、早希」
布団の中で何度も口づけを交わす。
初めは照れくさそうに。
そして次第に、互いの唇をむさぼりあっていく。
「ぷはぁ~」
布団から顔を出した早希が、幸せそうに微笑む。
「そろそろ起きる?」
「そうだな。今何時?」
「何時だと思う?」
「その返しは……嫌な予感しかしないな」
「ふふっ。信也くんってば、休みだと必ず聞いてくるね。別にいいんだよ、休みの朝ぐらい、ゆっくり寝ても」
「でもなぁ、早希はずっと起きてる訳だし」
「いいの」
そう言って、信也の言葉を唇で遮った。
「寝顔を見るのも楽しいんだから。それに信也くん、最近ちょっとお疲れみたいだし」
「そうか?」
「うん。残業続きだったし、それなのに比翼荘の庭造りも欠かさずやって。ちょっと働きすぎ」
「これぐらい大丈夫だよ。それに」
「それに?」
「比翼荘には早希と一緒だろ? それ、俺にとってはご褒美だから」
「沙月さんもいるし」
「いやいやいやいや、今俺、いい話をしてるんですけど」
「でもでもー、最近の沙月さん、信也くんへのアプローチが過激になってきてるしー」
「そうなんだけど」
「信也くんの鼻の下も、こーんなに長くなってるしー」
「……俺の鼻の下、どんなことになってるんだよ」
「じゃあ伸びてない?」
「伸びてないと……思う」
「ほんとに?」
「早希と一緒の方が伸びてるよ」
「じゃあ許す」
そう言って、再び唇を重ねる。
「で、今何時なのかな」
「大丈夫、まだ9時だよ」
「よかった。まだ午前中か」
「もっと寝ててもいいんだよ」
「早希と同じ時間を共有したいんだよ」
「……」
「早希?」
「もぉーっ! 信也くんってば、朝からそんな嬉しいこと言ってくれちゃって!」
「いってえーっ!」
「でもこの二日、ずっと一緒で楽しかったし」
「どこにも行ってないけどな」
「こうして信也くんといるだけで、私は楽しいの」
「早希もなんか、引きこもり癖が板についてきたよな」
「それに今日から旅行だし、行く前に信也くんを充電したかったから」
「こっ恥ずかしい限りで。それで、何時に出るんだ?」
「特に決めてないけど、昼過ぎぐらいかな」
「そうなのか」
「だって私たち、電車に乗る訳でもないし、何時に出たって問題ないから」
「それもそうだな。それで結局、どこに行くか決まったのか」
「う~ん、結局決まらなくて、由香里ちゃんに任せることにしたの。近場だと思うけど」
「そっか。まあでも、国内にもいい所あるしな。楽しんでおいで」
「帰ったらお土産話、いっぱいしてあげるね」
「ああ、楽しみにしてるよ」
「でわでわお兄ちゃん、行ってまいりますです」
「二人共、気をつけてな」
「信也くん、ちゃんとご飯、食べるんだよ。それから寝る前、歯磨き忘れないでね」
「お前は俺の母ちゃんか」
「目覚ましも三つ、ちゃんとセットするんだよ」
「だから母ちゃんか」
「寂しくなったら……私の寝間着、抱き締めてもいいんだからね」
「すいません本当、由香里ちゃんもいるんで勘弁してください」
「あはっ、仲がいいようで何よりです」
「じゃあ、いってくるね」
「ああ。楽しんでおいで」
早希と由香里が手を振って、ベランダから飛び去って行った。
「さて……今日から二週間、久しぶりの独身生活か……先に目覚まし、セットしておくか」
そう言って寝室に向かった。
「……」
寝室に入ると、枕元に手紙が置いてあった。
そう言えば、早希からの手紙なんて初めてだな。
そう思いながら、手紙を手に取った。
『信也くん、私の我儘を聞いてくれてありがとう。私、本当は今日の今日まで、行くかどうか迷ってました。
信也くんの傍にいたい。そう思ってこの世界に戻ってきました。だから本当は、一日たりとも信也くんから離れるべきじゃない、そう思ってました。
それは私にとって、義務であり願望でした。傍にいなくちゃいけないと思う自分と、いたいって思う自分です。
今日まで、本当に色んなことがありました。信也くんは私が戻ってから、ううん、私と出会ってから、毎日私の為に頑張ってくれてます。
こんなにも愛されている。いつもあなたの寝顔を見つめ、その幸せに感謝してます。
本当なら私は、半年前に信也くんとお別れしてました。哀しいことですが、それが事実です。でも神様が、私の望みを叶えてくれました。信也くんの傍にいたい、その想いを叶えてくれました。
だから本当なら、私は私の全てを信也くんに捧げて、信也くんの為だけに生きていくべきなんだと思います。でも信也くんは、私にも幸せになる権利があると言ってくれました。比翼荘のみんなにも、幸せにならなければいけない、そう言ってくれました。本当に嬉しかった。私だけじゃなく、大切な仲間のことも考えてくれて。
信也くん。
私がどれだけ幸せか、分かる?
私には今、色々と考えてることがあります。
これからの人生をどう生きていくか。
与えられたこの時間を、どう使っていくか。
そして信也くん。あなたの幸せを考えています。
私の幸せが俺の幸せ、あなたはそう言ってくれました。
私も同じです。信也くんの幸せが、私の幸せです。
信也くん、本当にいつもありがとう。
とりとめもない手紙になっちゃったけど、今の私の素直な気持ちです。
いってきます。帰ったら、またいっぱい、お話ししようね。
大好きだよ。
あなたの早希より』
「……ったく、誰にこんなサプライズ、教えてもらったんだよ」
そう言って笑った瞳は、少し濡れていた。