第8話 デート

文字数 2,626文字

 

「お……遅れて……ごめん……」

 阪急梅田駅。紀伊国屋書店入口にある巨大モニター、通称ビッグマン。
 昭和の時代から待ち合わせに使われている、定番の場所。
 そこで待っていた早希の前に、信也が息を切らせて走ってきた。

「もおー。副長、30分の遅刻ですよ」

「わ、悪かった……寝坊しないように、目覚まし3個セットしてたんだけど」

「あーあ、せっかくの誕生日なのに」

「だ、だからごめんって」

「ふふっ、嘘ですよ。走ってきたから許します」

「ほんと、ごめん」

「とりあえず」

 そう言って自動販売機でスポーツドリンクを買い、信也に渡した。

「これ飲んで落ち着いてください」

「……面目ない」

 ペットボトルに口をつけ、そのまま一気に半分ほど飲み干すと、少し落ち着いた。

「それで落ち着いた所、早速で申し訳ないんですけど。デートで女子の服、褒めてくれないんですか?」

 ぶっとドリンクを吹き出し、慌てて早希を見る。
 今日の早希は、若草色のセーターの上からデニムのジャンパー、そして膝下までのベージュのスカートという出で立ちだった。
 いつもとかなり感じが違う。そういえば、スカート姿は初めてだと思った。

「スカート、似合ってるよ」

「なんでスカートからなんですか」

「あ、いや……いつもズボンだから新鮮で」

 その言葉に、いつも見てくれてたんだと、早希が照れくさそうに笑った。

「ありがとうございます。副長は……いつも通りですね。お洒落してくるの、楽しみにしてたのに。それに寝ぐせのままだし」

 バッグの中からいつもの櫛を取り出し、信也の髪を直す。

「重ね重ね、申し訳ない」

「いえ、無理言ったのは私ですし。今日はお休みだし、いつもならまだ寝てる時間ですもんね」

「そうだけど……いやいや、それは言い訳にならない。お詫びに何かするよ。そう、罰ゲーム」

「罰ゲーム?」

「うん。流石にこの状況、自分でも情けない。今日一日、ひとつだけなんでも聞くから」

「う~ん、罰ゲーム……」

「どんとこい。肩車でもおんぶでも」

「なんですかそれ。それじゃ私の罰ゲームじゃないですか」

「そう? いい案と思ったけど」

「いえいえ副長、変ですって。あ、そうだ」

「思いついた?」

「はい。じゃあ今日一日副長のこと、信也くんって呼んでもいいですか?」

「そんなのでいいの?」

「いいんですか! やったぁ!」

「いきなり君呼びってのは照れくさいけど。でも職場じゃないし、副長ってのも変だしな」

「それから」

「まだあるの?」

「せっかくなので、私のことも名前で呼んでもらえますか」

「三島さんを?」

「駄目……ですか」

「いや、分かった。男に二言はない。三島さんって、早希さんだったよね」

「呼び捨てで」

「え?」

「呼び捨てでお願いします」

「いやあの、それは流石に……俺、女の子を呼び捨てにする習慣ないから」

 一瞬浮かんだ秋葉のことは、即座に打ち消した。
 あいつは幼馴染。この話とは別だ。

「なんかほら、女の子を呼び捨てって、自分の所有欲を満たしてるみたいで嫌なんだ。早希さんで勘弁」

「信也くん」

「はい……」

「男に二言、ないんですよね」

「はい……早希さ……」

「やり直し」

「早希……」

 そう呼ばれて、早希の頬がほんのり赤く染まった。

「もう一回」

「……早希」

「はい、信也くん」

 そう言って、嬉しそうに信也の腕にしがみついた。




 早希にデートプランを聞かれたが、昨日の告白からまだ混乱中で、それどころではなかった。
 ノープランであることを正直に伝え、再び早希に頭を下げる。
 そんな信也に苦笑しながら、早希はショッピングモールに向かった。

 エレベーターで昇っていき、女性服のエリアに。
 こんな所に寄り付いたこともない信也は、目が回りそうになった。
 この場所は空気が薄い。そう感じた。
 しかし嬉しそうに店内を回り、服を手に店員と話す早希の姿に、ここは男の見せ所と腹を決めた。

 時折気に入った服を持ってきて、どっちが似合うか聞いてくる早希に、これはよくあるデートそのものだな、そう思った。
 次に早希が向かったのは、男性服のエリアだった。

「いやいや、今日は三島さ……早希の誕生日なんだから。自分のを選んでくれないと」

「そう言わず、私のおすすめ着てくださいよ」

「いやほんと、俺、服に興味ないから」

「そんなの見てたら分かりますって。信也くん、いっつも同じような服ばっかだし、お洒落に無頓着なのは承知してます」

「なんか早希、キャラ変わってない?」

「そう? あ、そうか。信也くんって呼んでるから、言葉使いも変わっちゃってましたね、ごめんなさい」

「なるほど確かに……そうか、いつもは副長なんて呼び方だから、自然に丁寧口調になるんだな。でもそのままだと、信也くんって呼び名が浮いてしまう。ほんとだ、勉強になった。いいよ、そのままで」

「ほんと? じゃあこのままで。それで信也くんは、どっちがいい?」

「だからほんと、服はいいって」

「そう言わずに。ほらほら」




「信也くん、大丈夫?」

 屋外喫煙所でベンチに座り、信也は息絶え絶えになっていた。

「ああ、大丈夫……軽い酸欠になっただけだから」

「酸欠って……どういうこと? ひょっとして信也くん、何かの病気?」

「ああいや、そうじゃなくて……さっきまでの所、かなり空気が薄かったから」

「……?」

 早希が首をかしげる。
 そしてしばらくして意味を理解し、声を上げて笑った。

「そんなにおかしい?」

「ご、ごめんなさい……信也くん、ショッピングが苦手なんだね」

「だな。でも大丈夫、休んだら楽になった。一本吸っていい? 吸い終わったら戻ろう」

「いえ、もう充分です」

「でも早希、まだ何も買ってないだろ」

「買うことだけがショッピングじゃないんですよ。こうしてのんびり、ぶらぶらしながら見て回るのも、女子にとっては楽しいんです」

「じゃあ、何も買わないの?」

「はい、充分楽しめましたから」

「あれだけ店を回ったのに何も買わない……女子の行動、恐るべしだな」

「信也くんは、どこで服を買ってるの?」

「基本ネットだな。どうしてもって時は、事前に調べて行く。それでお目当ての物を見つけたら買ってすぐ帰る」

「ほかの物を見たりは?」

「しない」

「私からすれば、そっちの方が変わってるけど」

「それでどうする? 今から昼飯を食べるとして、それで今日のデートはお開き、でいいのかな」

「いえ。今、別のプランが浮かびました」

「そっか、まあいいよ。今日は一日付き合う約束だからな。それでどうするの」

「それはですね……」


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