第127話 過ぎ去りし過去を憂いて

文字数 2,757文字



 実家の近くを流れる芥川堤防沿いを、信也と秋葉が歩いていた。
 学校帰り、いつも二人で歩いた場所。
 もう陽も落ちて、辺りは真っ暗だった。

「ほれ」

 ベンチに腰掛ける秋葉に、ミルクティーを渡す。

「ありがとう」

 そう言って一口飲み、ほっとした表情を浮かべた。

「楽しかったか?」

「うん。多分、今までで一番楽しかった」

「それは何より」

「でも信也。本当に私のこと、嫌になってない?」

「まだ言ってるのか。気にしすぎだぞ」

「だって……」

「それにそんだけの戦利品持って言われても、説得力ないんだが」

 そう言って紙袋を指差し、笑った。

「うう~」

「はははっ。でもよかったのか? クリスマスプレゼント、そんなので」

「うん。このピンバッジ、ずっと欲しかったから。この帽子にはこれがないと……ね」

「ね、って言われても分からんのだが……気にいってくれたんならよかったよ」

「信也の方こそ、ほんとに何もいらなかったの?」

「俺は別に、クリスマスがどうとか、そういうのないから。大体このイベント自体、女子の為のもんだろ?」

「そうかな」

「ああ、そう思う。だから世の男共は、女の為に目の色を変えて必死に考える」

「ふふっ。そう言われたらそんなところ、確かにあるかもね」

「俺な、クリスマス自体したことなかったんだよ、家を出てから」

「信也なら……うん、そうだろうね」

「彼女が欲しい訳でもなし、ケーキを食う気もないし。それよか年末で仕事が忙しいから、そんな余裕もなかった。
 でも去年、初めて早希が一緒に祝ってくれたんだ。お隣のあやめちゃんと一緒に」

「そう……なんだ……」

「二人してサンタコスしやがって。俺の顔見て『風俗作戦成功!』なんて言いやがってな」

「……エッチ」

「なんでだよ。言ったのはあいつらで、俺はそんなこと」

「思ってなかった?」

「あ、いや、それは」

「思ってたでしょ」

「はいすいません、思ってました許してください」

「本当、エッチなんだから。ふふっ」

「はははっ」

「……ねえ、信也」

「寒いか?」

「ううん、大丈夫。そうじゃなくてね、その……今日私を誘ってくれたのって、この前のことが……あったからだよね」

 秋葉の言葉に、信也は空を見上げ白い息を吐いた。

「……まあな。でもそれもあるけど、お前と一度、こうして遊びたかったんだ」

「遊びって、何度かあったでしょ」

「あれは……俺が楽しんでただけって言うか、いつもの遊びだろ? 俺が言ってるのはそうじゃなくて、本当のお前と馬鹿やりたかったんだ」

「どういうこと?」

「お前、いつも俺についてくるだけだったじゃないか。そういうのじゃなく、お前がしたいことをしたいって思ってたんだ。だから色々考えてたんだぞ、どうやってお前の本性を暴いてやろうかって」

「……信也、ひどい」

「ははっ。でもその、なんだ。そんなこと考える必要なかった。だってお前、会った時から自分モード全開だったし」

「その言い方、恥ずかしいよ」

「なんでお前は、照れてる時までそう可愛いんだ」

「か、可愛いって言わないで」

 秋葉が耳まで赤くして、手で顔を覆った。

「だから今日は、本当に楽しかった。そしてよかったって思った。お前とこうして、もう30年近く……長かったけど、楽しかった。嫌なこともあったし、辛い時もあった。でも俺は、お前が幼馴染で本当によかったって思ってる」

「……」

「ありがとな」

「え? ちょっと、やめてよ信也。なんか怖いよ」

「怖いって何だよ。折角人が、素直な気持ちで感謝してるのに」

「感謝されるようなこと、何もしてないよ」

「んなことないだろ。お前はずっと俺を守ってくれた。俺の傍で、いつも元気をくれた」

「……それは私の方だよ。小学校でも私、男子にずっと悪戯されてて……なのに信也、いつも私を守ってくれた。それでいじめられても、私から離れなかった」

「俺にとって、お前は大切な家族だったんだ。それに……親父さんからも頼まれてたしな」

「お父さんにって……小学生がそれを真面目に受け取るなんて、普通しないよ」

「でも俺、お前が泣いてるのが嫌だったんだ。自分が泣くよりきついって言うか」

「……そんな風に考えてくれた人、信也だけだったよ。だから私、信也のことを好きになった。いつからなのかは覚えてない。でも……私にとって信也は、誰よりも大切な人だった」

 そう言うと、目を閉じて肩にもたれかかった。

「……私ね、ずっとこんな毎日が続くって思ってた……信也と一緒に、毎日笑顔で過ごしていくんだ、そう思ってた……願ってた」

「俺も……なんとなく、そんな風に思ってた」

「どこで間違えちゃったのかな、私たち」

「それは」

「ううん、多分そうじゃない。あのことがあって、確かに私と信也は離れ離れになった。でも、そうじゃなくても私たち、いつかそうなってたかもしれない、そんな風に思ってた」

「……」

「信也といると心の中が温かくて、穏やかで、いつも幸せだった。でもね、私たちって、子供の頃からずっとそうだったでしょ? だから……いつの間にか、そのことを当たり前に感じてたんだと思う。まるで本当の家族の様に、空気みたいにその幸せを感じていた。離れる時が来るなんて、思いもせずに」

「……」

「だからいつの間にか、感謝する気持ちが小さくなってたと思う。努力しなくても、その関係がそこにあるんだから。それが間違いの始まり。
 一緒に過ごしていたけど、私たちは幼馴染。家族じゃない。なのに気が付けばお互い、何も言わなくても、何も伝えなくても分かってもらえる、そんな風に錯覚した。
 だからあの時、私も信也も戸惑ったんじゃないかな。こんなはずじゃなかった、分かってもらえると思ってたのに、って」

「……俺は往々にしてあるかもな。だから秋葉が去っていった時、ショックを受けたのかもしれない。何も言わなくても分かってくれる、そんな幻想、持ってたのかもしれない」

「私もそうだった。幸せを当たり前に思ってた……こんな素敵な人と幼馴染になれたのに、感謝することを忘れてしまった。だから神様が罰を与えたんだと思う」

「神様、ね……クリスマスってことで許してやるけど、もしそうならぶん殴ってたな」

「駄目だよ。私たちが出会えたのも、神様のおかげなんだから」

「まあ、秋葉が許すってのなら、許してやらんこともないけど」

「ふふっ」

「ははっ」

 誰も通らない堤防沿いのベンチで二人、10年の空白を埋めるように話し、笑った。
 まるで子供の頃に戻ったように、他愛もない話を紡いでいった。




「……秋葉」

「うん……」

「この前の返事、してもいいか?」

「……」

 信也の言葉に、秋葉が信也を抱き締めた。
 秋葉の匂いがすぐそばにある。
 子供の頃から変わらない、大好きな匂いだった。
 そしてゆっくりと離れると、穏やかな笑みを浮かべ、静かにうなずいた。




「秋葉……俺は……」


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