第133話 みんなの笑顔 

文字数 2,098文字



「えーっと、みなさんすいませんっす!」

 リビングに篠崎の声が響いた。

「……おら篠崎、狭い部屋ででかい声出すなボケ。工場やないんやぞ」

「おどれの声は頭に響くんじゃ。おどれは黙って、さくらっちとチビチビ飲んどりゃええんじゃ」

「それなんすけど……」

「あん?」

「みんな、ちょっと篠崎の話、聞いてやってくれるか。三島もいてるここで、どないしても報告したいらしいんや」

「何や何や」

「どうした、篠崎」

「あ、あのっすね、実は……俺、秋にさくらさんと結婚することになったんす」

「ええええええええっ?」

「何いいいいいいいっ!」

 あ、この流れ、前にもあったぞ。この後の展開まで全部見えたぞ。信也がそう思った。

「篠崎おどれ、いつの間にそないなことになっとるんじゃ!」

「今年の秋っておどれ、あと半年もないやないか!」

「入社二年で結婚やとぉっ? まともに仕事も出来ん鼻クソが、何ぬかしてけつかるんじゃい!」

「さくらっち、考え直すんじゃ! 今ならまだ間に合う!」

「こんなポンコツ、悪いこと言わんからやめとけ!」

「あ……あんたら、分かってたけどボロクソだな」

 ビールを持ち、篠崎の元に信也が座る。

「篠崎、おめでとう」

「副長……ありがとうございますっす」

「ようやく決意したか」

「はいっす。あやめちゃんが合格した日に、プロポーズしたっす」

「さくらさんも、おめでとうございます」

「はい、信也さんには本当、お世話になりっぱなしで。それに早希さんにも……本当にありがとうございます」

 二人にビールを注ぎ、信也が嬉しそうにうなずいた。

「それで? 家はどうするんだ」

「はいっす。相談したんすけど、さくらさんの家で一緒に住むことにしたんす」

「そうなのか。じゃあお隣さんになる訳だ」

「それでなんすけど」

「いい。篠崎さん、それは私から」

「あやめちゃん、どうかした?」

「私、家を出ようと思ってる」

「え……」

「流石にお姉ちゃんと篠崎さん、二人の家に住む気はない。そこまで空気読めない訳じゃないから」

「じゃあ一人暮らし、始めるんだ」

「うん。家ももう、決めてある」

「そうなのか。あやめちゃんもついに独立か……嬉しいけど、寂しくなるな」

「そう言ってくれると思った。だからお兄さんの為に、近くに引っ越すことにした」

「近くって」

「比翼荘」

「ええええええええっ!」

「あそこなら近いし、友達もいる。みんなも賛成してくれた。それにお兄さんが管理してるから、安心して住める」

「マジ……なのか?」

 天井を見上げると、早希たちが親指を立ててうなずいた。

「だから……家主さんにお願いするの、お兄さんについて来てほしい」

「分かった。そんなことぐらい、お安い御用だ」

「嬉しい。お兄さん、大好き」

 そう言って、あやめが抱き着いた。

「あーっ! ちょっとちょっとあやめちゃん、また私の胸に!」

「これは俺の胸だ!」



 その言葉に、全員が凍り付いた。



「え……な、なんすか副長」

「あ、しまった……ついいつもの調子で」

「……おら紀崎」

「は、はい……」

「お前今、何ちゅうた? これは俺の胸やと……おどれ、あやめっちの様な娘っ子の胸つかまえて、俺の胸やと?」

「あったあった」

 洋間から出て来た秋葉が、何本ものハリセンを持ってきた。

「おまっ……秋葉! 勝手に人の家、物色してんじゃねーよ!」

「秋葉っち、何やこれは」

「早希さんが残してくれた物。信也をボコる為の物」

 そう言って差し出すと、作業員たちが一人ずつハリセンを手にした。

「紀崎……これはおどれの為なんやからな。おどれがお天道様の下をちゃんと歩けるように……三島っちの代わりじゃ。わしらが根性叩き直したる!」

「ちょ……ちょっと待っ……ひええええええっ!」

 作業員たちが、総出で信也をボコる。いつの間にか、秋葉も知美も参戦していた。

「おら篠崎! おどれ何無関係な面してけつかるんじゃいっ!」

「ちょ……えええええっ? なんすか、なんで俺も?」

「よ、よおっ……篠崎、こちら側へようこそ」

「いてまえお前ら! 紀崎も篠崎も、後で簀巻きにして川に投げ込んじゃるんじゃ!」

「おおおおおおおっ!」

「ひゃあああああっ!」




「ててててっ……まだ痛いぞ」

「お疲れ様、ふふっ」

「笑いごとじゃねえって。ナベさんらのハリセン、お前のとは訳が違うんだぞ。て言うか、いつの間にか直接殴られてたし」

「みんな楽しそうだったね」

「まあな。篠崎は完全につぶされてたけど」

「ふふっ。でも本当、ありがとね、信也くん」

「何が?」

「今日、嬉しかった。こんなにたくさんの人に愛されて、私は本当に幸せだって思った」

「早希が今まで、真っ直ぐに生きて来たからだよ」

「ありがと……でもやっぱり、信也くんと一緒だからだよ」

「そうか?」

「うん。それにね、今日私に向かって言ってくれた言葉。沙月さんや由香里ちゃん、涼音さんも泣いてた。こんなにも想ってもらえて……本当に嬉しかった」

「想い人の称号、伊達じゃないだろ?」

「そうだね、ふふっ」

「惚れ直した?」

「勿論。昨日の信也くんより、もっともっと大好きだよ」

 そう言って、唇を重ねた。

「これからもよろしくね、私の旦那様」

「ああ。こちらこそ、幾久しく。愛してるよ、早希」


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