第109話 卑劣な罠
文字数 3,174文字
「付き合ってください、お願いします!」
放課後の校舎裏。流石に呼ばれた理由は分かった。
しかも相手が塚本と言うのであれば、尚更だった。
三度目の告白。
秋葉は小さく息を吐いた。
「あの……塚本くん、気持ちは嬉しいです。でも……何度も言ったと思うけど、私はお付き合いする気、ないから」
「でも……それでも澤口さん、お願いします!」
頭を下げ、右手を秋葉に向ける塚本。秋葉はそんな姿を見るのも嫌だった。
なんで男子って、告白の時に下を向くんだろう。みんな、私じゃなくて彼女が欲しいだけなんじゃないの? 私とって言うなら、ちゃんと顔、見てくれたらいいのに……
「ごめんなさい。何度言われても、答えは変わらないから。だからその……もうこういうの、やめてくれないかな」
だってこの人、信也をいない者にした張本人じゃない。
私と信也が幼馴染って知ってて、なんでそういうことするかな。そんなことされて、私が付き合う訳ないじゃない。
「どうしても……駄目なのか」
ほら……そうやって、思い通りにならないって分かった途端、態度を変える所も嫌い。
「うん、ごめんなさい……じゃあ私、帰るから」
そう言って立ち去ろうとした秋葉の手を、塚本が荒々しくつかんだ。
「……離してくれないかな。ちょっと痛い」
「澤口お前、ここまで男を下げて頼んでるのに、駄目だって言うのか」
え……何この人、いきなり呼び捨てになったんだけど。それにお前って……
あと、何それ? 男を下げるって、告白することがそうなるの?
「うん。私、塚本くんとは付き合わないから」
「あんなやつがいいのかよ」
「え」
「紀崎だよ。あんな根暗で、クラスでも浮いてるようなやつが」
「浮いてるって……塚本くん、私知ってるよ。信也がそうなったのは、あなたのせいじゃない」
「俺の女と一緒にいるんだ。当然だろ」
「あのね、塚本くん……高校生にもなって何言ってるの? そんなセリフ、今時中学生でも言わないよ」
「はい、説教いただきました、へへっ……最後にもう一回だけチャンスをやるよ。俺と付き合えよ」
「チャンスって……塚本くん、言えば言うほどあなたの値打ち、下がってるからね。私がそんな風に言われて、付き合うと思う?」
「あんなクズ、どうでもいいだろ? 俺がどうこうしなくても、遅かれ早かれ一人になってるさ。これからだって、底辺で生きていけたら御の字、そんなやつじゃないか」
「あなたは……確かに人気者だし、あなたを好きな女子もいっぱいいる。成績だっていいし、お父さんは代議士。でもね、私にとっては、そんなあなたより信也の方がずっと大事なの。信也のこと、それ以上悪く言ったら許さないから」
「はいはい、また説教いただきました」
口を歪めて笑う塚本に、秋葉の苛立ちは更に高まった。
「そうやって、人を小馬鹿にする所も嫌いだよ」
「へへっ……それで、だ。お前が俺と付き合わないって言うんなら、その大事な幼馴染の人生が終わる。そう言ったらどうする?」
「え……」
そう言って、携帯を秋葉の前に突き出す。
画面に映る写真に、秋葉の顔が強張った。
それは、信也が煙草を吸っている写真だった。
「この写真が拡散される。そう言ったらどうだ? 確か……紀崎も推薦だったよな。受験、出来るかな」
「……あなた、卑怯だとは思わないの」
「思わないね。澤口が告白を受けたら、この写真は消えるんだからな。お前にとってこの写真が大切なら、俺と付き合ったらいい。俺のことが嫌いなら、この写真を拡散させる。それだけのことだ。
これは澤口が決めること、俺は選択を提示してるだけだ。紀崎の将来を守るのか、奪うのか」
「……卑劣ね、塚本くん」
「どうする?」
「間違いなく……消してくれるんだよね」
「勿論。澤口が俺と付き合うってのなら、この写真は消してやる」
「……分かった。付き合うよ」
「なんだって? よく聞こえなかったけど」
「……」
「俺と付き合いたいんなら、ちゃんと言ってくれないと」
「……私、塚本くんのことが好きです。付き合ってください」
「よく出来ました」
そう言うと、塚本は写真を消去した。
「じゃあ……彼氏からのお願いな。もう二度と、紀崎のやつと喋るんじゃないぞ」
「……分かりました」
目の前が真っ暗になった気がした。
明るくリーダーシップもある人気者、塚本。しかし秋葉は、彼の本性を知っていた。
自分の思い通りにならない者がいると、取り巻きを使って制裁をくわえている陰湿な男。女子の中にも、彼に泣かされた者は大勢いた。
そのことが表沙汰にならなかったのは、代議士である父親の圧力がかかっていたからだった。
そんな男の彼女になる。それが何を意味するのか、秋葉も分かっていた。
しかし秋葉はそれ以上に、信也と離れる決断をした、そのことが辛かった。
信也は今も、一人で学校生活を送っている。気にしていないと言っていたが、それが虚勢だということを、誰よりも分かっていた。
なのに自分も今、この時から信也をいない者にしなくてはいけなくなった。それは秋葉にとって、耐えがたいことだった。
父親が失踪したあの日から、秋葉は心に強く思っていた。これからは、私が信也の支えになるんだと。信也は人を信じたくない、そう言った。でも私は、信也に信じてもらえる存在であり続けよう、そう誓った。
それなのに私は今、信也の前から去ろうとしている。信也を独りぼっちにしようとしている。
ごめんなさい、信也……私は間違った選択をしてしまったのかもしれない。
そう思い、秋葉は空を見上げた。
今にも雨が降りそうな、薄暗い空を。
声をかけて来た信也を、いない者にした。
秋葉は罪悪感でつぶれそうになった。
塚本とはそれからデートらしき物もしたが、一緒にいるだけでも不快なので、極力人気の多い場所を指定した。
話しかけられても上の空で、適当に相槌をうつだけの関係。
それに塚本が満足するはずもなかった。
ある日曜の夜。
どうしても見せたい物がある、そう言われ渋々ついていったのだが、そこは住宅街から少し離れた所にある、一軒の平屋だった。
「ここって」
「親父にもらった俺の家。お前にも見せてやろうと思ってな」
そう言って煙草をくわえ、火をつける。
「塚本くん……あなた煙草を」
「ん? ああ、流石に実家じゃ吸えないけどな」
「……自分も吸ってるのに、信也のことを責めてたの」
「責めてたのって……ははっ、お説教いただきました。俺はあいつと違ってこんな証拠、残さないからな」
そう言って携帯を見せると、信也が喫煙している写真が映っていた。
「……消したって言ってたのに、なんでまだ残ってるの」
「あの写真はちゃんと消したろ?」
「騙した……のね」
「写真が一枚だけなんて、俺は言ってないよな」
「……私、帰る」
「待て待て。ここまで来てそれはないだろ。本当はお前も、期待してるんだろ?」
「は……離して」
「長かったよほんと。付き合って二週間にもなるのに、手も握らせようとしないんだからな。そんな女もたまにはいいかと思ってたけど……そろそろこっちも我慢の限界なんだ。ここでいいこと、しようぜ」
「離してってば! 誰か、誰か助けて!」
「ここはほとんど人も通らない。騒いでも無駄だぜ」
塚本が秋葉に抱き着き、首筋に舌を這わせてきた。その瞬間、秋葉の嫌悪感が限界を迎えた。
「いやあああああっ! 助けてえええええっ!」
「そういうのも悪くないな。こちとらお預けが長かったんだ、今日は楽しませてもらうぜ」
「誰かああああああああっ!」
その時、一台のバイクが二人の前に止まった。
「……なんだお前、勝手に人ん家の前に止めてんじゃねえよ!」
運転手は静かにバイクから降りると、ヘルメットを脱いだ。
「知美……ちゃん?」
「よお秋葉。こんな所で会うとは奇遇だな」
そう言って知美が手を振り、笑った。