第132話 仲間たちに囲まれて
文字数 3,074文字
4月12日。
この日、信也宅で早希の一周忌が行われた。
とは言え、宗教的な儀式は一切なかった。
この場所に集い、早希を囲む。信也にとっては、それで十分だった。
家では朝から、母の幸子と知美、それにさくらとあやめが来てくれて、一緒に料理の準備をしてくれた。
リビングには大きなテーブルが置かれ、その上に料理や酒が所狭しと並んでいた。
昼頃に、ラインの同僚たちがやってきた。
手には早希の為に一輪ずつ、花が持たれている。
香典は必要ない、みなさんが来てくれるだけで早希は喜びます、そう言ったのだが誰も聞いてくれなかった。皆、早希のことを愛し、信也のことを大切に思っていた。だから香典という形で、それを表したかったのだ。
その思いに感謝しつつ、信也は頭を下げてそれを断り、それなら早希の祭壇を飾る為に、一輪ずつ花を持ってきてください、その方が早希は喜びます、そう言った。
最初は頑として聞かなかった同僚たちも、そう言って何度も頭を下げる信也に根負けし、了承してくれたのだった。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか」
「待て信也。みなさん申し訳ありません。あと一人来ますんで、もう少しだけ待ってもらえませんでしょうか」
知美がそう言って頭を下げた。
「わしらは別に構わんぞ。なあお前ら」
「ああ構へん。それに三島っちも、みんな揃ってた方が喜ぶやろ」
「姉ちゃん、あと一人って」
その時玄関が開き、
「遅れました、すいません!」
そう言って、息を切らせて秋葉が入ってきた。
「秋葉、来てくれたのか。てかお前、大丈夫かよ」
「秋葉さん、はい、お水」
さくらが差し出す水を受け取り、一気に飲み干す。
「お疲れ秋葉。仕事は問題なく?」
「うん。申し送りしてたら、ちょっと遅くなっちゃって」
「って秋葉、夜勤明けかよ」
「うん。でも早希さんの一周忌だし、私も会いたかったから」
「そっか。ありがとな、秋葉」
「よし紀崎、始めるか」
作業長吉川の言葉に信也がうなずき、表情を引き締めて祭壇の前に座った。
祭壇には真ん中に遺影と遺骨、そしてマミラリアの花が置かれ、その周りにたくさんの小さな一輪挿しが置かれていた。
「……」
信也を先頭に、皆が早希の遺影を見つめる。
幸子が、知美、勇太が。
あやめ、さくら、篠崎が。
吉川が、渡辺が、
そして祭壇を囲むように早希と沙月、由香里、涼音がいた。
「早希……お前がいなくなって明日で一年だ。でもお前は、いなくなってからもずっと、俺のことを見守ってくれている。ありがとな。
今日はお前の為に、みんなこうして集まってくれた。ここにあと、純子さんがいてくれてたら完璧だったんだけど」
「純子さん?」
知美に聞かれ、信也が慌てて説明する。
「あ、いや、純子さんってのは、早希が色々お世話になった人なんだ。今日は都合が合わなくて来れなかったんだけど」
「そうなのか」
「……早希。お前はここに来た時、自分は一人だって言ってた。両親も早くにいなくなって、おばあちゃんが亡くなってからは本当に独りぼっちだったって言ってた。
でも今日、お前に会う為に、こんなにたくさんの人が集まってくれたよ。お前は本当に、みんなから愛されてたんだよ」
「信也くん……」
信也の言葉に早希が涙ぐむ。その早希を、沙月が抱き締めた。
「俺な、お前がいなくなってから、どうやって生きていけばいいのか分からなくなってた。でも……この一年、色んなことがあった。その度にお前に励まされ、勇気付けられた……ここにいるみんなに支えられて、何とか笑顔で今日を迎えることが出来た。
母ちゃんや姉ちゃんにも心配かけた。迷惑かけた。いっぱい泣かせたし心配もかけた。
作業長や篠崎、ナベさんやキベさんにいっぱい励ましてもらった。支えられた。
さくらさんやあやめちゃんにも、本当にお世話になった。
そして……秋葉にも、いっぱい迷惑かけた。
でもな、そのおかげで俺は今、ここにいる。これからも俺は、お前の夫として、しっかり頑張っていくから。だから安心してほしい。ありがとう、早希」
そう言って、遺影の傍にある一輪挿しに花を挿した。
信也に続き、皆が花を挿していく。
涙ぐむ者も笑っている者もいる。
みな穏やかに早希の遺影を見つめ、手を合わせた。
「おら紀崎、もっと飲まんかい」
「いや、だからナベさんって……今日は程々にしてくださいとあれほど」
「じゃかましわい。大体おどれ、さっきの挨拶はなんじゃい」
「……駄目でしたか」
「最高やったで。うはははははははっ!」
そう言って、信也のグラスになみなみとビールを注ぐ。
「……今日もつぶされるのか」
「まあそう言うな紀崎……あ、これはこれは、すいませんさくらさん……まあなんだ、今日の主役はとりあえずお前なんや。多少の酒は我慢して飲んどけ」
「……前々から思ってましたけど、作業長ってそうやって理解あるふりして、いっつも笑ってますよね」
「そうか? まあ細かいことは気にすんなって」
「山さんこれ。熱燗」
「おお、あやめっち。にしても、あやめっちも良かったのぉ。晴れて大学生かい」
「うん、この前入学式だった。これから花のキャンパスライフ」
「うはははははははっ、紀崎のアホも、ちっとは役に立ったみたいやな」
「いやいや山さん、俺、かなり頑張ったよ?」
「本当に、信也さんにはお世話になりました。早希さんを亡くしたばかりなのに、あやめの勉強、欠かさず見てくれて……」
「あ、いや……さくらさん? お願いだから泣かないで。今日はほら、楽しく早希と話してやってほしいから」
「お兄さんには、感謝してもしきれない。お正月もずっと勉強見てくれて、一緒に頑張ってくれた」
「あやめちゃんが頑張ったからだよ」
「だからこれからは、私がお兄さんに尽くす」
そう言うと、信也の膝の上に座った。
「やっぱりここが、一番落ち着く」
「あ……あやめちゃん? あのその……ね、みんな見てるしさ。それに早希も」
頭上に浮いている早希が、
「信也くん、後でゆっくり話そうね。うふふふふっ」
と、全く笑ってない目で笑っていた。
「信也。またそうやって、未成年に手を出してるの」
「秋葉さん? お願いだからその誤解、今すぐ解いてほしいんですけど」
「じゃあ飲んで」
「はいすいません頂きます」
注がれたビールを一気に飲み干す。
「にゃははははっ、信也はロリコンじゃないから安心していいぞ。まだまだ姉ちゃんのおっぱいが好きなんだからな」
「なっ……姉ちゃん、その誤解は聞き捨てならんぞ」
「なーに言ってるんだか。ほれ、この前だってお前、私のこと抱き締めて泣いてたじゃねえか」
「そ、それは」
「本当なの、それ」
「あ……秋葉さん? だからそれはね、色々と事情がありまして」
「飲んで」
「はいすいません頂きます」
そう言って再びビールを飲み干す。
「そうだ信也。言ってなかったけどな、秋葉のやつ、男が出来るかもしれないんだぞ」
「と、知美ちゃん」
「おい秋葉、その話、詳しく」
「もぉっ、知美ちゃんてば。信也にはまだ内緒にしたかったのに……あのね、職場にとっても優しい先輩がいるんだけど、その人にホワイトデーの時、告白されて」
「マジか」
「知美ちゃんにも相談してたんだけど、まずはお友達からってことで、お付き合い始めたの」
「そうか。お前が優しいって言うんだ、きっといい人なんだろうな」
「うん、いい人。私のこと、すごく大切にしてくれる」
「よかったな、秋葉」
「ありがとう。あ、でもね、まだお付き合いって訳じゃなくてね……でももしそうなったら、信也にも紹介するね」
「ああ、楽しみに待ってるよ」