第63話 信也くんのおかげ

文字数 2,762文字



 信也が本題に入る。

「で、なんだけど……色々聞きたいこと、あるんだ」

「分かってる。昨日約束したからね、ちゃんと答えるよ」

「ありがとう。でもその前に」

 そう言って身を乗り出し、早希にキスする。

「愛してる……昨日よりずっと、愛してる」

「私も……生きてた時より、ずっと愛してる……」

 互いの手を握り、見つめ合う。

「知ってることは全部答える。分からないことは……ごめんなさい」

「いいよ。それに答えたくないことは拒否していいから」

「……ありがと」

「まず……早希は幽霊、それでいいのかな」

「その認識でいいと思う」

「俺の知ってる幽霊は、霊体で触ることも出来ないんだけど」

「そうだね」

「でも早希はご飯も食べてるし、普通に歩いてる。浮いたりは出来るのか?」

「見てて」

 早希は立ち上がり、信也の目の前でふわっと浮いた。

「おおっ、浮いてる浮いてる……それでこそ幽霊だ」

「何よそれ、ふふっ……私がこうなのは、全部信也くんのおかげなの」

「俺の?」

「信也くんが望んでくれたから、私は触れることが出来る。望んでくれたから、ご飯を食べることも出来る」

「と言うことは……早希もどうなるか分かってなかったのか」

「うん、そう。もし信也くんが私を霊体として認識してたら、それで確定してたと思う」

「なんか……色々やばかったんだな」

「私は信也くんの所に戻りたくて、幽霊になった存在。だから私に何が出来て何が出来ないのかは、全部信也くん次第だったの」

「……ちょっと寒気してきた」

「愛が重い?」

「いや、どんと来いだ」

「ふふっ、ありがと。でも、こうして見えるのは信也くんだけ。他の人には見えないの」

「そうなのか?」

「私は信也くんにだけ認識出来る存在なの」

「じゃあ、他の人と話とか」

「出来ないよ」

「マジか……」

「言ってみれば、私は信也くんに()りついた悪霊みたいな存在」

「……冗談でもそんな言い方、やめてくれ」

「え? 信也くん怒った?」

「早希は俺の嫁さん、この世界で一番大切な人なんだ。そんな風に言うのはやめてくれ」

「信也くん!」

「どわっ!」

 早希に飛びつかれ、信也が椅子から転げ落ちた。

「いきなりどした?」

「惚れ直しました」

「そうなのか?」

「信也くん、抱き締めてもよかですか」

「もうしてるだろ」

「えへへへ」




「俺が望んだから、早希はその姿。そういうことなんだな」

「うん。信也くんなら大丈夫って信じてた」

「もし俺が、幽霊なんて信じないやつだったら」

「透明人間になってたかもね」

「……また身震いがしてきた」

「信也くんが変わり者でよかった。見た物は信じる、素晴らしい」

「で、それは誰かが教えてくれたのか? その……神とか仏とか」

「う~ん、それがよく分からないんだ。誰かに話し掛けられたとか、誰かのおかげで戻ってきたとか。そんな記憶は全くないんだ。ただ自分の中で、そうなんだって分かるって言うか」

「じゃあ、向こうで誰とも会ってないのか」

「その辺の記憶も曖昧なんだけど……多分会ってないと思う。ただ、この世界に戻る上でのルールみたいな物は、なぜか分かってる。そんな感じ」

「あの世の情報が漏れないよう、何かしらの処置が施されてるのか……」

「信也くん、ちょっと格好いい。映画に出てくるスパイみたい」

「それで、一番大事なことなんだけど」

「……スルーされた」

「え?」

「いえいえお構いなく。それで? 大事なことって何?」

「これから早希はどうなるんだ?」

「これから?」

「好きな言葉じゃないけど……成仏したりするのかなって」

「ああ、そういうことね。それ、私にもよく分からないんだ」

「そうなのか」

「うん。物語でよくあるように、未練があって迷ってとか、それが満たされた時に成仏するとか。そんなのはよく分からないんだ」

「お前……俺のことを散々変って言ってたけど、お前も大概だぞ。今の状況、普通に受け入れ過ぎじゃないか?」

「嫁は主人に似てくるもの。おしどり夫婦の鉄則でしょ?」

「いやまあ、そうなんだけど。適当というか何というか……早希にとって、今の状態は幸せなのか?」

「どういうこと?」

「命って観点から考えたら、成仏した方が幸せなのかも、そう思ったんだ」

「成仏して、今よりもっと幸せになれるとしても。私は今、信也くんとこうして一緒の方がいい。その方がきっと幸せ」

「早希……」

「だからね。信也くんにはいつも通りでいてほしい。あんまり考え過ぎないでほしい」

「……ありがとな」

「信也くんってば、泣いてる?」

「うっせえ」

「もぉ~、可愛いんだから」

「でもお前、これからずっと誰とも話せず、存在を知られずに生きていくのか」

「信也くんがいればいい。私の望みはそれだけ。だから信也くん、私のことを不幸だとか、かわいそうなんて思わないで」

「……分かった。ありがとな、早希」

「うん。信也くん、これからもよろしくね」

「こちらこそ……おかえり、早希」




 買い物に行く前に、部屋を掃除しようと早希が提案した。
 窓を開けると、この数日の(よど)んだ空気が消えていく気がした。
 掃除機をかけ、家具やテーブルの上を拭いていると、気持ちも軽くなっていった。

 その時インターホンがなった。

「誰かな?」

 モニターに映し出されたのは、あやめの姿だった。

「あやめちゃんだ。早希、こんな時はどうしたらいいんだ」

「私なら大丈夫。信也くん以外には見えないから」

「そうか、そうだったな……じゃあ開けるけど、お前、見えないからって悪戯(いたずら)するんじゃないぞ」

悪戯(いたずら)?」

「いきなりくすぐるとか、なしだからな」

「あ、その発想はなかったかも。いいこと聞いちゃった」

「まずいこと言ったか……」

 信也が玄関を開ける。

「おはよう、あやめちゃん」

「……」

 うつむきながら立っていたあやめは、信也の声に顔を上げ、涙を浮かべて言った。



「おかえりなさい、早希さん……」



「え……」

 あやめの言葉に固まる。
 あやめは一歩前に進み、早希を見て微笑んだ。

「戻って来てくれた……早希さん、会いたかった……」

「あ……あのさ、あやめちゃん。何言ってるんだ?」

「……いい。お兄さん、分かってるから」

「分かってるって……もしかしてあやめちゃん、早希が見えるのか?」

「うん」

「なんてこった……おい早希、話が違うんだけど」

「私も驚いてるよ。私のこと、本当に見えてるの?」

「うん」

「と言うことは、声も聞こえてるんだ」

「うん。ちゃんと聞こえてる」

「あやめちゃんっ!」

 喜びのあまり、早希があやめに抱き着こうとした。
 しかし早希の体はあやめの体をすり抜け、勢い余って玄関外に行ってしまった。

「あ……あれ? そっか、流石に触ることは出来ないんだ、あはははっ」

「と言うことは、お兄さんは触れるんだ」

「あ、ああ。この通り」

 そう言って信也が早希の手を握る。

「よかった……本当によかった……」

 涙を(ぬぐ)い、あやめが嬉しそうに微笑んだ。


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み