第71話 夢見る少女、由香里

文字数 2,912文字


「早希ちゃん。あなたは幽霊になったばかりで、分からないことも多いと思う。何か聞きたいことはある? 先輩として、出来るだけ答えるわ」

「じゃあまず……最初に失礼なこと、聞いてもいいですか」

「そう言われるとちょっと怖いんだけど。いいわよ、何かしら」

「……純子さんって、おいくつなんですか?」

「え」

 早希の言葉に、純子が声を漏らす。

「……最初に……それ?」

「はい」

「あはっ。やっぱり早希さん、面白いです」

「純子さんの年齢、最初に会った時からずっと気になってたんです」

「それで最初に……それ?」

「はい」

「……二回聞いても変えないのね。分かったわ、答えます」

「純子さんがすぐ歳を教えるなんて、珍しいですね」

「早希ちゃんと話してると私、調子狂っちゃうのよね」

「あはっ。天敵襲来?」

「……私、そんなに変ですか?」

「まあいいわ、コホンッ……この姿になったのは50年前。その時の年齢は32歳よ」

「と言うことは……ええええええええっ!」

「あはっ、早希さん驚きすぎ。と言うか、いいリアクション」

「いや、でもその……そんなに幽霊歴、長いんですか」

「……そこまで驚かれたのも初めてかな。ちょっと傷ついたかも」

「ごめんなさいごめんなさい。でもでも、50年って言ったら半世紀ですよ? 純子さんは本当に綺麗だし、そんな大先輩に見えなくて」

「……あまりフォローになってないけど、まあいいわ」

「50年前って言ったら」

「大阪万博があった頃よ」

「……社会の教科書で見たことあります」

「あはっ。早希さん、また地雷踏んでますよ」

「ええっ? ほんとに?」

「純子さんはいつも穏やかだけど、あんまり地雷踏むと怖いよ」

 早希の耳元で由香里が囁く。

「由香里ちゃん」

「はいいっ!」

「全部聞こえてるわよ、うふふふっ」

 笑っていない目が怖かった。

「でも、一番聞きにくいことを聞けましたので、後は楽に聞けそうです」

「早希さん早希さん。この際だし、私の地雷も踏んでみませんか?」

「いいんですか?」

「勿論です。それからお願いがあるんですけど……確かに私、早希さんより年上かもしれないけど、出来れば中学生として見てほしいんです。私、お姉ちゃんが大好きなので」

「それってひょっとして、妹志願?」

 あやめの顔が浮かんだ。

「私、この歳で死んじゃったんで。まだまだ親にも甘えたい年頃だったんで、誰かに甘えたいんです。純子さんにもいっぱい甘えてるんですけど、純子さんはお母さんって感じなので」

 視線を向けると、笑ってない目で純子が微笑んでいた。

「お姉ちゃんは多いに越したことがないので」

「分かったわ。じゃあ由香里ちゃん、聞いていいかな」

「どんとこいです」

「その体のことなんだけど……」

「あはっ。やっぱ早希さん肝が据わってます。ど直球です」

「ごめんなさいごめんなさい。でも気になりすぎて、他の話が入ってこないの」

「まあそうですよね。完全体の人からしたら」

「……進化する生き物みたいに言わないで」

「私には昔、好きだった幼馴染がいたんです」

「幼馴染!」

 秋葉の顔が浮かんだ。

「なになに、早希さん顔怖い」

「あ、ごめんなさい……ライバルに幼馴染がいたんで、つい」

「ま、まあいいです。それでですね、ある日その人に告白した訳ですよ。ずっと好きでした、付き合ってくださいって。その時彼、私の告白で自分の気持ちに気付けた、ありがとうって言ってくれて。無事告白は成功、めでたく付き合うことになったんです。でも……
 そこで浮かれたのが運の尽き、死亡フラグが発動しちゃいまして。陸上部の合宿でバスが横転、キスの味も知らずに散ってしまいました」

「……由香里ちゃんも事故なんだ」

「それでこっちに戻って来たんですけど、幼馴染くん、私の姿を見て怖がっちゃって。由香里が迷って出てきた、()りつかれるって逃げられたんです」

「そんな……」

「その瞬間、私は彼が認識した霊体で確定。今に至ります」

「なんか……ごめんなさい」

「あはっ。なんで早希さんが謝るんですか」

「いえその……私の場合、信也くんに受け入れてもらったから」

「いいじゃないですか。人生なんて、人それぞれです」

「でも由香里ちゃん、寂しいよね」

「まあ、しばらくきつかったですよ。私が見えるのは彼だけだから。その彼に見捨てられて、私は独りぼっち。それでウロウロしてた時に、純子さんに拾われたんです」

「この子、急に話しかけられてびっくりしたみたいで。そのまま滋賀まで飛んでっちゃったの」

「滋賀って、あの滋賀県ですか?」

「そうなんですよ、あはっ。だって誰にも見えないと思ってたから、急に声をかけられて驚いて。それに純子さん、猛スピードで追っかけてきたから怖くなって。全力で逃げました」

「……誰にも見えないけど、中々にすごい絵面ね」

「それで何度か振り返っている内に、この人、生前話しかけてきた人だって思い出して。それで逃げるのやめたんです。あはっ」

「後は早希ちゃんと同じ。ここに連れてきて、家族になってもらったの」

「そうなんですね」

「私、仲間がいるって分かって嬉しかったです。しかも女子限定、部活の合宿みたいで楽しいです」

「由香里ちゃんも、中々ポジティブだね」

「まあ悩んでも仕方ないですし。この姿になったのは私の意思、受け入れるしかないですから。あはっ」

「それで、幼馴染くんは」

「結婚して子供もいますよ。(あんず)ちゃんって言って可愛いんです」

「と言うことは、今でも見に行ってるんだ」

「たまにですけどね。やっぱり彼のこと、気になりますから」

「辛くない?」

「うーん……そんな感情も、よく分からなくなってるんです。この姿になってからの方が長くなっちゃいましたし、あの頃のことも思い出せなくなってきてますし。今は彼の家族を見守っていくことが、私の幸せなんです」

「そうなんだ……すごいね、由香里ちゃん」

「それに私には、夢がありますので」

「夢?」

「はい。私、この世界を全部見て回りたいんです」

「世界を全部……」

「世界中を飛び回って、人が入ったことのない所にも入っていって。とにかくその……全部! 全部見たいと思ってるんです」

「だからこの子、しょっちゅういなくなるのよ。ここはこの子にとって、休憩所みたいな感じ」

「世界は広いんです。20年旅してますけど、まだまだ足りない。それに私は海の中にも潜れるし、暑いのも寒いのも平気。見れるところがいっぱいあって、いくら時間があっても足りないんです。だから毎日が楽しくて。あはっ」

 そう言った由香里の目に嘘はない。早希はそう思った。

「よかったら早希さんもどうですか? 彼氏さんのオッケーがもらえたら」

「そうだね、いつか一緒に」

「あはっ、楽しみです」




 戻って来た全員が、伴侶に受け入れられる訳じゃない。
 怖がられて拒否されて。独りぼっちになってしまうこともある。
 そう思うと早希は、改めて信也に感謝した。

 そして由香里の強さに感激した。
 彼女は幼馴染の為に戻って来た。
 しかし存在を否定され、この姿で迷うことになった。
 それでも由香里は彼の幸せを願い、彼の家族を見守っている。
 そして彼女は、新しい目的まで見つけた。
 世界を見て回ると言う夢を。

 彼女は本当に強い子だ。そう思った


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