第6話 恋愛相談

文字数 2,261文字

 

「副長、ちょっといいっすか?」

 昼休み。
 同じラインの後輩、篠崎徹(しのざき・とおる)が信也に声をかけてきた。

「どうした篠崎。何かあったか」

「あ、いえ、トラブルとかじゃないんす。ちょっとその……プライベートなことで、相談したいことがあるんすけど……」

「プライベートってお前……俺に? 俺じゃないだろ普通。他にいくらでも、人生の大先輩がいるのに」

「いえ、その……これはどっちかって言ったら、年が近い方がいいと思うんすけど……駄目っすか?」

 いつになく歯切れが悪い篠崎の言葉に、信也が何事かと首をかしげる。
 とりあえず、ここではなんだからと外に連れ出した。




「ほれ」

「すんませんっす」

 篠崎に缶コーヒーを渡し、煙草に火をつける。
 青空の下で吸う煙草は、工場内の喫煙所で吸う何倍もうまく感じた。

「もうすぐここも、撤去っすね」

「だな。そうなったら諦めて喫煙所に行くしかない。でも、青空と芝生を見ながら吸えなくなるのは、ちょっと寂しいな」

「喫煙者には厳しい世の中っすね」

「そんなことより、相談ってなんなんだ?」

「その、実は……恋愛相談なんっす」

「恋愛相談って……はあああっ? なんだお前、好きなやつ出来たのか」

「副長、声でかいっす」

「お、おお、すまんすまん……お前の口からそんな言葉が出たことに、思わず驚いてしまった。そんな相談を俺にしてくることにも驚いた」

「いやいや、どっちにも驚かないでくださいよ」

「だってお前、そんなことで照れるキャラじゃないだろ。いっつも女のこと話してるし、誰それとデートしたとか言ってるし。明らかに俺とは違う世界の住人じゃないか」

「いやいやいやいや、俺ってどんな風に思われてるんすか。そりゃ、副長よりは女と遊びに行ったりしてますけど」

「……辛辣な直球ありがとう」

「でも……今回はちょっと俺、マジでヤバイんす。こんなの初めてで、なんかもう、訳が分かんなくなってて」

「なるほど。結構マジで惚れてしまった、って感じか」

「はい……」

 そう言うとそのまま、その場にへたりこんで頭を抱えた。

「なんなんすか、これ……こんな気持ち初めてなんす……」

 入社したばかりの後輩のそんな姿に、信也は少しくすぐったい気持ちになった。隣に腰を下ろし、気が付けば篠崎の肩を抱いていた。

「そっか……篠崎に訪れた初めての恋、なんだな」

「そうなんすかね……とにかく、その人を見てるとなんか、こんなの俺じゃないってぐらい狼狽(うろた)えたり、ちょっと声をかけられただけで、家で悶えてしまったりするんす」

「で、だ。これは恋なんでしょうか、って相談じゃないよな。わざわざ俺に聞くってことは、会社のやつだな」

「……」

「誰だ?」

「……」

「ほれ、言ってみ、言ってみ」

 信也がにんまりと笑い、篠崎の肩を揺らす。

「昼休み、終わっちまうぞ」

 観念した篠崎が、大きく息を吐く。

「……三島さんっす」

「三島……おおっ! 三島さんか!」

 同時期に配属された同僚で、年齢も近い。これは運命かもしれないと信也は思った。
 ただ、早希とは週末に会う約束をしている。仕事の相談だとは思うが、篠崎の想い人と個人的に会うのはどうなんだろう。いっそのこと、篠崎に週末を譲ってやった方がいいんじゃないか、そんな考えが巡った。
 しかし遅刻続きのフォローのお詫びだと思うと、それは流石に義理を欠いてしまう。
 とりあえずそのことは黙っていよう、そう思った。

「三島さんって、今まで付き合ってきたやつらとは全然違うんす。なんて言ったらいいんか……自分より相手って所とか、周囲への気配りが半端ない所とか……あと、地味な服装なのに、それが返ってかわいく見える所とか、元気いっぱいなのに物静かに見える所とか」

「分かる、分かるぞ篠崎。お前が三島さんに惹かれるってのはよく分かる。俺もだてに、4月から一緒に仕事してないからな。て言うか、あの子を好きになったお前に安心したぞ。お前、どっちかって言ったら、派手な女が好きなチャラ男って感じだったからな」

「それって酷くないっすか」

「まあ本音は置いといて」

「冗談の間違いっすよね!」

「はははっ、まあまあ。心配しなくても、お前のことも入社してからずっと見てるんだ、いいやつだってことぐらいは分かってる。それでお前、これからどうしたいんだ? 告白するのか?」

「その相談なんすよ。俺、今まで告られてばっかりだったから、どうしたらいいのか分からなくて」

「なんだお前、告白したことないのか」

「……はいっす」

「お前みたいなリア充、そんなの簡単に出来そうなんだけどな」

 篠崎は学生時代にバスケをしていたらしく、身長も180超えで筋肉質、顔も信也と違ってかなりいい。
 性格も明るく優しく、ある意味、彼がもてなかったら誰がもてますか? そう言われそうな男前である。
 その男前が、男として並以下の信也の前で赤面している。
 しかし信也は、そんな後輩をかわいいと思った。

「まあタイミングもあるだろうし、告白をいつにするかは篠崎次第だな」

「副長は経験、ないんすか?」

「なんの?」

「告白」

「ないな」

「マジっすか」

「と言うか、告白どころか、女と付き合ったこともない!」

「いや、そんなことで威張られても」

「まあ俺のことはともかく……俺はお前を応援するぞ。三島さんにもしっかりアピールしといてやる。それとなくな」

「お願いしますっす!」

 この日一番の元気な声でそう言い、篠崎が笑顔を向けた。

 予鈴がなり、二人が工場に向かう。
 ラインに戻りながら信也は、週末の早希と会う時にするであろう、篠崎のいい所アピールを頭の中に巡らせていた。


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