最終話 ずっとずっと

文字数 2,687文字



「おはよう、信也くん」

「……おはよう、早希」

 目覚めるとそこに、早希の笑顔があった。

「よく眠れた?」

「ああ、最高の目覚めだ」

「ふふっ、よかった。昨日まで毎日遅かったもんね」

「うちの会社はゴールデンウイーク中にメンテするからな、準備があるから仕方ないよ。でもおかげで今年も、こうして連休を楽しめる」

「今年は9連休。ゆっくり出来るね」

「ああ。でも今年の連休は、ちょっと忙しくなりそうだけどな」

「そうだね。随分遅くなっちゃったけど、管理人として初めてのお仕事」

「あやめちゃんのお手柄だよな。新しい比翼さん、見つけてくれて」

「うん。去年管理人になってから、なんでか知らないけど比翼さん、全然いなくなっちゃって」

「まるで俺らから逃げてるみたいだよな」

「そう言われると、ちょっと落ち込むな」

「ははっ、冗談冗談。あやめちゃんの話だと、比翼さんが現れるのにも波があるみたいだから。それに比翼さんは基本、自分の住んでた場所か、想い人の所を彷徨(さまよ)ってるはずだから」

「そろそろ起きる?」

「そうだな。でもその前に」

 二人が目を閉じ、口づけを交わす。

「ぷはぁ~」

「おはよう早希」

「おはよう信也くん。昨日より信也くんのこと、もっともっと愛してるよ」

「俺もだ。愛してるよ、早希」




「おはようございます」

「待ってたぜシン。休みだってのにすまないな」

 出迎えて来た沙月が、そう言って信也を抱き締める。

「あーっ! また沙月さんってばそうやって! 私の物に触らないでって、いつも言ってるでしょ!」

「……俺の扱い、だんだん酷くなってません?」

「いいじゃねえかこれぐらい。てか、家で散々いちゃついてたんだろ? ここは比翼荘、私たちの家だ。それにシンは管理人、大事にしても何の問題もないだろ」

「管理人って言うなら私もなんですー。それにどこにいようと、信也くんは私の信也くんなんですー。と言うか信也くんも、鼻の下伸ばさないの」

「だから伸びてねーって」

「はははっ、相変わらずだなぁ。別れ話の一件があって、ちっとは落ち着くと思ってたのに」

「ふっふーん。私と信也くんは、いつまでもラブラブなんですー」

「それでもな、そう毎日いちゃついてたらシンも飽きてくるだろ。だからたまにこうやって、シンに違う女の魅力をだな」

「いやいやいらないから、そんなのいらないから」

「それに夫婦の間にも、こうやって刺激があった方がいいだろ? 見てみろよ早希のやつ、ラブラブだって安心してるもんだから、最近太ったんじゃね?」

「なっ……ゆ、幽霊は太ったりしません!」

「あはははははっ、ほんとお前って、表情豊かだよな。その顔見てると、今日も楽しくなりそうな気がするよ」

「それでその……沙月さん? そろそろ離れてくれると嬉しいんですが」

「そうか? まあ玄関先ってのも、確かにムードねえか」

 そう言って、頬にキスをした。

「ふふっ」

 照れくさそうに頬を染め、沙月が中に入っていく。




「あのですね……今のは俺、何の落ち度もないと思うんですが」

 そう言いながら顔を上げると、早希はハリセンを手に臨戦態勢になっていた。

「ぬおっ!」

「あははははははっ! 信也くんってば、朝からお盛んなんだから!」

「だ……だからお前、どんだけハリセン隠してんだよ!」

「問答無用!」

「ひゃあああああっ!」

 信也が慌てて部屋へ逃げ込む。襖を開けると、純子の写真が迎えてくれた。

「お、おはようございます純子さん」

 そう言って全力で逃げる。

「あ、お兄ちゃんお姉ちゃん、おはようございますです」

「今日もお二人、お元気ですね」

「ちょ、涼音さん、そんな冷静に言ってないで助けて」

「ファイト、ですよ」

「そんな無慈悲な……」

「お兄ちゃんもお姉ちゃんも、今日も仲良しで何よりです。あはっ」

「どおおおおおおっ!」

 台所に逃げ込もうと信也が走る。その信也の胸に、あやめが飛び込んで来た。

「あ、あやめちゃん?」

「うん、そう。お兄さんの永遠の妹、あやめ。おはよう、お兄さん」

 そう言って信也の頬にキスし、手を合わせた。

「……ごちそうさまでした」

「……い、今のも俺、悪くないよね」

「あははははははっ! 信也くんってば本当、モテモテなんだから!」

 そう言って振り回すハリセンが、ついに信也をとらえた。

「ぬおっ!」

 信也を倒し、馬乗りになった早希がハリセンを振りかぶる。

「さあ、観念しなさい信也くん。今日はいつもの三倍増し!」

「ひええええええええっ!」

「愛してる、愛してる、愛してる!」

「ひゃあああああああっ!」




「あの子よ。信也くん、見える?」

「ああ、見えた」

「みんな、ちゃんと位置についてるよね」

「あやめちゃんは堤防の上。沙月さんたちは川の真上。見失うことはないよ」

「じゃあ……行こう、信也くん」

 遊歩道のベンチで一人。学生服姿の女の子が、ため息をついてうなだれていた。

「はぁ……」

 彼女は早希や沙月と同じく、実体があるタイプの幽霊だった。

「私……これからどうしたらいいんだろう……」

「こんにちは」

「え……」

 少女が見上げる視線の先に、信也と早希が立っていた。

「初めまして。私は早希、比翼荘で管理人をしています」

「比翼……荘?」

「うん。比翼荘っていうのは、想い人の為に戻って来た、優しい比翼が羽根を休める所。
 お嬢ちゃん、よかったら私たちと来ない?」

 そう言って、早希が少女に手を伸ばした。

「あ……私、私……」

 早希の笑顔に少女が涙ぐみ、その手をつかんだ。

「よかった、逃げずにいてくれて……」

 早希が小さく息を吐き、ほっとした表情を見せた。

「よくやったな、早希」

 そう言って信也が頭を撫でると、早希は嬉しそうに笑った。
 そして少女を抱き締め、優しく囁いた。

「あなたはもう一人じゃない。今日からあなたも、私たちの大切な仲間だからね」




「いい天気だね」

 ベランダで二人、肩を並べて神崎川を眺めている。

「これだけ天気がいいんだ。みんなでどこか、遊びにでも行きたいな」

「せっかくだし、日和(ひより)ちゃんも一緒に連れて」

日和(ひより)ちゃんの歓迎会も兼ねて、だな」

「うん」

 早希が信也の肩にもたれかかる。

「私……こんなに幸せでいいのかな」

「大丈夫、俺の方が幸せだ」

「このやり取り、いつまで続くのかな」

「多分、ずっとだろうな」

「ふふっ、そうだといいな……ねえ、信也くん」

「ん?」

「大好きだよ」

「俺もだ。早希、愛してる」

 そう言って二人、唇を重ねる。

「俺のこと、好きになってくれてありがとう」

「私を愛してくれて、ありがとう」

「これからも俺たち、ここからこの景色を眺めて、幸せに暮らしていこうな」

「うん……これからも」

「ずっと……」

「ずっと……」




「ずっとずっと」



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