第17話 猫がつなぐ良縁

文字数 1,250文字

 羽が、側室となってから3ヶ月後。

家斉公の関心が他の側室へ移ったのか、

おしとねの御指名が来なくなった。

ガックリ来ているのかと思いきや、羽自身に焦りは見られない。

もし、わたしだったら、この時間を自分みがきにあてるが、

奥入りする前、お稽古事と名の付くものをしてこなかった

羽は暇さえあれば、着物選びや下女相手の遊びに費やしていた。

一方、わたしは、中野家からはっぱをかけられて、

他の側室たちと差をつける為、何か良い手はないか考えあぐねていた。

ある日のこと。大崎様の部屋の方から、にぎやかな話し声が聞こえて来た。

「るうさん。どうぞ、中へお入りくだされ」

 女中たちの輪の中から、大崎様の部屋子、すみさんが手招きするのが見えた。

「おじゃまします」

 部屋の中に入ると、女中たちの輪の中央に、

生まれたての数匹の子猫がいるのが見えた。

そのとき、ふと、中野家からの書状の中身を思い出した。

大奥では、上役の飼い猫が生んだ子猫をもらい受けることにより、

上役と良好な付き合いを保つのだという。

「もし、良ければ、子猫を一匹お譲りいただけませんか? 」

 ここはチャンスだと思い、わたしは思い切って頼んでみた。

「るうさん、猫が好きなの? 」

 すみさんが一呼吸置くと聞いた。

「はい。昔、飼っていたことがあります」

 わたしがそう答えると、すみさんが、わたしに子猫を手渡した。

愛らしい顔立ちの茶とら。毛がふわふわしている。

わたしは一目で、その子猫を気に入った。

「少し、お待ちくだされ」
 
 すみさんがそう告げると、次の間へ消えた。

少しして、なんと、大崎様がお見えになった。

「喜んで差し上げますよ。これを一緒に贈ります」

 大崎様が、鰹節・飯器・チャンチャン2枚・鮮魚1籠。

それに加えて、わたしと下女に銘仙縞1反をくれた。

「ありがとうございます」

 わたしはお礼を言うと部屋をあとにした。

これで、大崎様と良好な関係が築ける。

ところが、羽の反応が悪かった。

「何故、子猫なんかもらって来たの? 」

 子猫を見るなり、拒否反応を示した。

「いきものが苦手なの? 」

「ものを言わないいきものが苦手なわけ」

「なにそれ。この子猫。そんじゃそこらの子猫と違うのよ」

「どこが? 」

「大崎様からもらい受けたの」

「へえ」

どうやら、羽は、猫を通じた付き合い方を知らないらしい。

この子猫の母猫の名前が、

「鈴」なことにちなんで「小鈴」と名付けた。

その日以来、小鈴の世話をすることになった。

小鈴は賢くておとなしい。近くにいるだけで、心が和む存在。

時々、鈴が生んだ他の子猫たちをもらい受けた

他の部屋の女中たちと交流するようになった。

そんなに知らない者同士でも、共通点があると、

すぐに、親しくなれることがわかった。

彼女たちと過ごす時は、ふつうの娘に戻れる。

「最近、楽しそうね」

 羽が嫌味たっぷりに言ってきた。

「それもこれも、このこのおかげ」

 わたしが小鈴を見せると答えた。

猫をもらい受けた効果がすぐに現れた。

家斉公が、羽をご寵愛していると言う噂が、

大奥の女中たちの間で広まったのだ。









 







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