第32話 真犯人

文字数 1,340文字

 謹慎中、村上家に嫁いだ姉が亡くなった。

死因は明らかにされなかった。

おそらく、疱瘡ではないかと思う。

もし、家内に、疱瘡にかかった者が出た場合、

出仕できなくなる為、義兄が隠したのではないかと思う。

お悔やみの手紙を書いてすぐ、大奥内で奇怪な事件が相次いで起こった。

ある日は、井戸を清掃中、井戸の底から、腐敗した赤子の死体が出てきた。

またある日は、厠で、赤子の死体が見つかった。

時を同じくして、行方をくらました御目見え以下の女中たちが

自害や変死していたことがわかった。

お手つきと思われる女中たちが関わった事件だけに、

急遽、御庭番の川村修富が大奥へ召し出された。

実は、この御庭番は、「御内々御誕生御用」という

特別任務に就いているとのこと。

仕事内容は、公にできない御懐妊の処理だと言う。

「そのような仕事が、まことにあるのでございますか? 」

 わたしが驚きのあまり、聞き返した。

「はい。内々御用とは密命のことです」

 滝山様が冷静に答えた。

滝山様は、今回の謹慎処分のきっかけとなった事件の恩人だ。

最近、御年寄に大出世なさった。

1年前。大奥へ奉公してから瞬く間に、今の地位まで昇進なさった。

謹慎後、わたしは、滝山様付の中臈になる予定。

「それで、真相が、明らかになったのでございますか? 」

 わたしが好奇心で聞いた。

「いつもなら、宿下がりさせて、秘密裏に出産させた後、

その産まれた赤子は里子に出して、

そのお手つき女中を、桜田御用屋敷などへ移住させる。

ところが、お手つき女中たちが、川村様の下命を聞かなかった為、

思わぬ事件に発展してしまったと言うわけじゃ」

 滝山様がため息交じりで語った。

「大変なことになりましたね」

 わたしが言った。

井戸の底や厠で、赤子の死体があがった直後に、

変死体が2体、見つかったと言うことは、

その2体の変死体の正体が人知れず、その赤子たちを

産み落としたお手つき女中たちだということになる。

「どうにも解せないのが、

何故、川村様に隠れて産んだのかと言うことじゃ」

 滝山様が神妙な面持ちで告げた。

(何か、秘密裏に出産しなければならない理由があるというわけか? )

「何か気になることがございましたか? 」

 わたしが聞いた。

「実は、2人は、御使番だったというわけですよ。

お手つきになる前、御台所から代参を言い遣った女中の

お供をしていたことがわかったんです」

 滝山様が答えた。

「この腕にある刺傷。どこか引っかかりますね」

 わたしが、見せてもらった検死画を指摘した。

「これは、針で刺したような傷跡じゃ」

 滝山様が、検死画を凝視すると告げた。

後日。変死体で見つかった女中たちが、

種痘所に指定されていた寺へ、代参と偽り行ったことがわかった。

種痘とは、あらかじめ、疱瘡の種を体内に入れることにより、

免疫をつける予防方法のことだ。

数年前。西洋医学で発見された新たな予防医学が、

江戸にいる西洋医学の医師たちの間に広まり、

その道に精通した医師の下、種痘が行なわれているらしい。

そう言えば、兄が残した帳面にも、種痘所について書いてあった。

当時、田沼意次様の屋敷には、

西洋に精通した学者たちが集まっていたらしい。

頭の中に、ある可能性が思い浮かんだ。

田沼意知様の死因。もし、秘かに、種痘を受けていたとしたら?









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