第18話 小鈴をさがして

文字数 1,565文字

 小鈴が、目を離したすきに行方をくらました。

長局中を探し回ったが、どこにもいない。

猫が死期を悟った時、人知れず姿を消すという迷信がある。

それは、成年猫のことであって、まだ、赤ちゃんの猫は違うと思う。

猫つながりの女中たちにも、協力を求めた。

「もしかしたら、西の丸の方かもしれない」

 大崎様の部屋子、すみさんが助言をくれた。

すみさん曰く、小鈴の生母、鈴は西の丸で育ったから、

その子どもの小鈴の心の記憶の中に、

西の丸の思い出の片鱗が、残っているかもしれないというのだ。

なかなか、するどい推理だと思う。

わたしはすがる思いで、西ノ丸御殿へ向かった。

すみさんも一緒についてきてくれた。

小鈴のおてんばには手を焼かせられる。

引き取った際は、おとなしそうに見えた。

成長するにつれて、なんにでも興味を示して、

いろんな所へ、歩いて行ってしまう。

「すみません。この辺で、茶とらの子猫を見かけませんでしたか? 」

 すみさんが、通りがかった女中に聞いた。

「さあ。見かけていませんね。誰の猫なんですか? 」

 すると、逆に、質問が返ってきた。

「わたしの猫なんです。わたし、羽さんについている女中です」

 わたしがすかさず答えた。

「羽とは、もしや、最近、上臈女中になったという者か? 」

 その女中が詰め寄ると言った。

「さようでございます」

 わたしが返事した。

「吹上御殿を見て参ったか? 子猫が迷い込みそうな所ですよ」

 その女中が穏やかに告げた。

「ご親切にありがとうございます」

 お礼を告げた後、急いで、吹上御殿へ向かった。

吹上御殿とは、江戸城西ノ丸西側に位置する大きな庭のことだ。

吹上役人たちが、庭内の草木、植木鉢、花壇を管理している。

吹上御殿に到着すると、複数名の役人たちの姿があった。

入口付近にいた役人に、迷い猫を探す許しをもらった。

「あの辺りに、マタタビの木がある。おそらく、そこではないか? 」

 その役人が手がかりをくれた。

猫がマタタビが大好物だと言う点から、ヒントをくれたらしい。

「行ってみましょう」

「そうね」

マタタビの木が植えてある所を探したところ、

「にゃああ~ 」

 と言うかわいい子猫の鳴き声が聞こえた。

「小鈴! 」
 
 そのとき、茂みの中から出てきた薄汚れた小鈴に駆け寄った。

抱き上げると、小鈴が、そのからだを震わせて目をウルウルさせた。

「よっぽど、怖い思いをしたに違いないわ」

 すみさんが告げた。

「見つかったから帰りましょう」

 わたしが告げた。

「まあ、なんて、美しいのでしょう! 」

 帰りがけ、すみさんがある花壇の前に足を止めた。

その花壇の中には、色とりどりのつばきが満開になっていた。

「もし、よろしければ、おひとつどうぞ」

 どこからともなく、吹上役人が現れると、

どれかひとつ気に入ったつばきの植木をわけてくれると言う。

「まことに、よろしいのですか? 」

 わたしが前のめりの姿勢で聞いた。

「はい、もちろんです。咲き始めですから、

もう少し、花を楽しめます。それに、花が終わり次第、

鉢ごと入れ替えますから、返却はご無用」

 その吹上役人が笑顔で告げた。

わたしは、そのさわやかな雰囲気に心惹かれた。

「わたしの名は、るうと申します。あなた様は? 」

「それがしは、春日岩次郎と申します。

吹上花壇役を仰せつかっております」

「そのようなお役目があるのですか? 」

 すみさんが横から割り込んで来た。

「はい。ところで、お好きな鉢がありましたか? 」

 春日さんが告げた。

「わたしはこちらを頂きます」

「では、わたしはこちらを頂きます」

わたしたちはそれぞれ、好みの鉢を選んだ。

「ありがとうございました。失礼します」

少し歩いた後、思い余って、後ろをふり返ると、

春日さんがまだ、見送っているのが見えた。

(なんて、お優しいお方なんだろう?

心を通じたお方は、おられるのでしょうか? )














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