第26話 花戦

文字数 1,536文字

 ようやく、田沼意次様の辞職願が受理されることになった。

田沼時代が終焉を迎えるにあたり、幕閣に強い発言権を持っていた

御年寄の高岳様が、筆頭から平の御年寄へ降格となった。

田沼様の後継者と期待されているのは、白河藩主松平定信様。

定信様と言えば、白河藩の改革を成功にお導きになり、

領民を貧困から救い、藩の財成を立て直したことで有名なお方だ。

ところが、大奥だけでなく、肝心の幕閣内でも、

定信様の入閣に反対する方が多く、

当初は、老中評議の課題にも上がらなかった。

理由はひとつ。定信様は、御三卿筆頭田安家の四男であり、

家基様亡き後、将軍世子に名が挙がったことがある。

たとえ、幕臣であろうとも、将軍家の血を受け継ぐ者が、

幕閣の中心において、政を主導するとは前例なきことだからだ。

後継者として、真っ先に、定信様を推挙なされたのは、

驚くことに、将軍実父である一橋治済様だった。

家斉公の乳母でもある大崎様が、

高岳様の後継者におなりになるのは、必要不可欠なことだ。

これまで、御用御取次として発言力を強くしていた

田沼派の重臣、横田準松様を罷免に追い込んだ後、

田沼意次様御本人を失脚させることに成功なさった。

大崎様の発言力がより強くなることにより、

大奥内に、定信様を推す人たちが増えると言うわけだ。

大奥の上級女中は、幕政の人事に口を出すことができる。

真正面では却下されることでも、

裏から手を回せば通ることも少なくない。

その為、賄賂持参で大奥に依頼しに来る人があとを絶たない。

「ようするに、上級女中の方々からの支持を集めれば、

幕閣人事を思い通りにすることが叶うというわけです」

 詰所にて、遅めの昼食を取っている合間、とわさんが力説した。

「そう言えば、如月様の部屋子をしていた時、

毎月、どこからか、たくさんの贈り物が届いていたわ」

 わたしが告げた。

「贈られたお菓子の下に、付け届けが入っていたに違いないわ」

 さよさんが身を乗り出すと言った。

「付け届けが、賄賂だったというわけですか? 」

 わたしはどこか冷めていた。

正直、政には興味がない。口を出したいとも思わない。

ただ、毎日、穏やかに楽しく過ごせるだけの余裕を得たい。

もし、表使になれたら、大奥の買い物を通じて

外の人間とつながることができる。

「今のように、表の人事が変わる前の時期には、

表使としての手腕を試されるというわけです」

 とわさんが神妙な面持ちで告げた。

「賄賂の数が、その人の実力に反映するというわけですね」

 わたしが告げた。

「如月様は確か、拝領屋敷を

献残屋の伏見屋にお貸しになっていましたよね? 」

さよさんが、わたしに聞いた。

「それがなにか? 」

 わたしが質問を返した。

献残屋の別名は「換金屋」

諸大名からの献上品は、国元の特産品や名産品と決まっている。

中には、贈る大名にとっては珍品でも、

受け取る側にとって迷惑な品もあり、

また、時として、手に余る多さになる場合も少なくない。

そんなとき、いらない贈り物を引き取り、

現金に換えてくれるのが、献残屋だというわけだ。

午後に入り、わたしだけが、大崎様に召し出された。

「るう。おまえに、献残屋の応対を任せたい」

「何故、わたしめに? 」

「下げられた贈り物を調べよ。

良いか? 各自、送り主、受取主。

贈り物の内容を帳面に記して提出しなされ」

「はあ」

 大崎様の真意がわからない。いらない贈り物を調べて、

いったい、何をなさるおつもりなのだろう?

「戻って良いぞ」

「失礼します」

「待て」

 わたしが席を立ち、部屋を出ようとしたそのとき、

大崎様がわたしを引き止めた。

「何か? 」

 わたしが聞いた。

「それとなく、間柄や贈り物の真意を探るのじゃ」

 大崎様が神妙な面持ちで告げた。

わたしは深くお辞儀した後、その場をあとにした。
 











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