第30話 清河に石を投じる

文字数 1,226文字

 大奥で買い物がある時や諸大名へ進呈の時に、

金何十両が必要と、御年寄より表使をもって、

御用人に申し出ることになっている。

御用人は、必要な金を御勘定所へ申し出て受け取った後、

表使に渡して、領収書を取って役所に保管する。

田沼意次様の時は、大奥の品格を保つ経費として

大目に見られていた支出が、

今では、赤字を生み出す無駄遣いだとされている。

「誰が、老中頭にしてやったと思っておる。

ことあるごとに、経費削減を主張して妨害しおる! 」

 ある日の昼下がり。注文した品物がいって届かないと、

姉小路様が直談判に、表使の詰め所へお見えになった。

開口一番、定信様に対する猛烈な批判をなさった。

「お怒りになられるのはごもっともです。

なれど、現に、許可が得られない為、

この度の件は、諦めて頂けませんでしょうか? 」

 わたしが低姿勢で願い出た。

「何が悪いと申すか?

今まで、まかり通ったことが、

何故、あの者の鶴の一声により、できなくなるのじゃ? 」

 姉小路様が啖呵を切った。

「あちらが申されますのは、御台所の部屋へ伺う度、

いちいち、上履きを新調していたら経費がかさむ。

幕府の財政がひっ迫している今、

無駄をなくすことが必須とのこと」

 わたしが、表向の主張を説明した。

「おまえごときが、わたしに説教するとは我慢ならぬ! 」

 姉小路様がそう言うと、わたしの顔をひっ叩かれた。

(痛い! )

「姉小路様。いくらなんでも、ひどすぎませんか? 」

 近くで見守っていた如月様が止めに入った。

「それよりもっと、目を光らせておくことがあるのではないか? 」

 姉小路様が、意味深な笑みを浮かべると告げた。

「いったい、何のことでございますか? 」

 わたしが聞いた。

「側室のお美代の方が近頃、女中らを抱き込んで、

何やら企てているとの噂がある」

 姉小路様が答えた。

「あの件でしたら、問題ないかと存じます」

 如月様が神妙な面持ちで告げた。

「はたしてそうかのう。聞いた話によると、

あのお方が、お気に入りの僧侶がいる寺を

将軍家の祈禱所にする為、その寺への布施代を

大奥の経費から捻出しているとか‥‥ 」

 姉小路様が身を乗り出すと告げた。

「いささか、誤解をなさっておられませんか?

お美代の方様は、自由に、奥から外へ出ることができない

ご自分らの代わりに、女中らに代参させておられるのです。

ご祈禱は、将軍家の安寧を願う為。

無駄な経費とは考えにくいと存じます」

 如月様が苦言を呈された。

「代参するのに、何もなしというわけには参りませんでしょう? 」

 わたしが言い加えた。

「わたしが指摘しているのは、代参の日数と人員じゃ」

「その点につきましては、わたしどもには何とも言えません」

「さようか。さすれば、寺社奉行に聞いてみるとするか‥‥ 」

「姉小路様。お待ちくだされ! 」

 突然、姉小路様が、

寺社奉行の名を言い捨てて詰め所を出た為、

わたしがあわてて、あとを追いかけた。

「るうさん! お話があります」

 途中、ころさんに呼び止められた。





















 

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