第5話 恋

文字数 1,258文字

 それから数日後。突然、高坂さんが訪ねて来た。

「ようこそ、いらっしゃいました」

 母が久しぶりの笑顔を見せると、高坂さんを中へ通した。

「生前、政言殿と共に働いていた高坂と申します。

本日は、お焼香させていただきたく参じた次第」

「それはどうも。ありがとうございます」

 この時、高坂さんが何気なく、わたしに視線を送った。

わたしは照れくさくなり思わず、下を向いた。

「ご案内いたします」

 女中がそう告げると、高坂さんを仏間へ案内した。

「感じの良い方ね。そう思わない? 」

 何故か、母がそう聞いてきた。

「さようですね」

 わたしが曖昧に返事すると、母が、戸棚の奥から茶筒を取り出した。

そして、女中が台所へ入ったところを見計らい、

母が、大切にとっておいた高級茶をお客様へ出すよう命じた。

ろうかで、高坂さんとはちあわせになった。

「待って」

 高坂さんが、一礼して通り過ぎようとしたわたしを呼び止めた。

「はあ」

「あの。先日、借りた帳面を返そうと思って」

「さようですか」

「良ければ、兄上について話がしたい」

「え? 」

「明日はどう? 」

「明日ですか‥‥ 」

 わたしは頭の中に、言い訳を思いめぐらせた。

(母に知られないで、会う方法はないものか? )

結婚前の娘が、親に内緒で殿方と会うのは、

あまりよろしくないと言われて育った。

しかし、会いたいと言う気持ちの方が強い。

「ダメならいいけど」

「このあとでよろしいでしょうか? 」

「あ、うん」

「では、のちほど」

短い世間話をした後、高坂さんが屋敷をあとにした。

「あれ。忘れ物をなさったみたい」

 わたしはとっさに、手ぬぐいを手に取ると告げた。

「まあ、大変」

 母が言った。

「わたし、渡してきます! 」

 わたしがそう言うと、一瞬、母が驚いた表情を見せた。

母の反応なんて、かまっちゃいられない。

わたしは素早く、下駄をはくと表へ駆けだした。

「るうさん」

 玄関を出た矢先、何者かに片方の袖を引っ張られた。

えっ?と思ったその瞬間、目の前に、高坂さんが立っていた。

「お待たせしました」

 わたしがそう告げると、高坂さんがわたしを見つめた。

表通りまで歩きながら話すことにした。

「それがしは、政言殿を誇りに思う」

 高坂さんが、兄の帳面を手渡した後告げた。

「それは、いったい、どういう意味ですか? 」

 わたしが聞いた。

「かねてから、政のありかたに疑問を抱いていた。

今の世を良くする為には、妨げる者を排除しなければならない」

 高坂さんがまっすぐな瞳で告げた。

 政を正々堂々と批判する人に初めて会った。

「まるで、豆鉄砲を食らったみたいな顔をしている」

 高坂さんが苦笑いすると告げた。

「すみません。政について、家の者以外のお方から、

お聞きするのが初めてなもので‥‥ 」

 わたしがそう言い訳すると、

「おなごに、政の話をしても面食らうだけじゃ。

それがしとしたことが、考えが浅かった」

 高坂さんが後ろ頭を触ると告げた。

「さようなことはありません。他にも、いろんなお話が聞きたく存じます」

何故か、この日をきっかけに、高坂家から縁談話が舞い込んだ。












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